挫折

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 しかし、二月半ばを過ぎてもどこからも特待生の合格通知は届かなかった。薄暗い部屋の片隅で、ただただサッカーボールを見つめる時間が続いた。雨戸を閉め切った部屋にも、元気に遊ぶ子供達の笑い声や一軒一軒の戸口に郵便配達するバイクのエンジン音は聞こえた。当然の事ながら世の中は躍動していたが、剛は世間の歓喜やざわめきが遠くにあるように聞こえていた。  そんな中、孤独感に胸が張り裂ける卒業式が始まった。進路が決まっている級友達の晴々とした得意顔に視線を合わせるのは耐え難い苦痛だった。卒業生名簿の中で進路が空白だったのは剛を含め六名だったが、剛以外の五人は志望大学を目指し敢えて一浪の道を選択していた。それ故、実質的には二百名の卒業生の中で剛だけが蚊帳の外に置かれているような存在であった。  たかが数カ月で、剛は絶頂の渦から奈落の底へ落とされた。そして、この時、心の地底にあった怒りに似た感情が身体の中を突き上げてくるのを覚えた。更に、 『彦坂! 残念だった…・…』 『世間はそんなもんだ! 仕方ないな…・…』 『気を落とさずに頑張れ!』と。  サッカー部の顧問であり、剛の味方だと信じて疑わなかった彼の冷たい言葉が針の雨のように胸を突き刺し、 その言葉は、剛の明るく前向きな性格を一変するのに十二分過ぎた。   そして、「特待生」と言う三文字が真黒に塗り潰されただけでなく、受験の際に取り寄せた戸籍抄本に記載されていた「養子縁組」と言う残酷な十字架を背負った。  照明もつけず、テレビも消した真っ暗闇な部屋で、譬えようのない絶望感に包まれた。ガラス窓にあたる季節はずれの牡丹雪が、悲涙のように滴り落ちるさまを焦点を失った空虚な眼差しで眺めていた。    
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