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一カ月が過ぎた。一時は、大学進学を断念したが親戚筋のコネと奨学金制度と言う国の援助が救いの手となり、辛うじて京都の私立大学の二部学生として進学を許された。しかし、それは、華やかな大通りから薄暗い路地裏に吸い込まれたような心境だった。
剛が通うキャンパスは、美しい景観を保つ京都御苑に隣接し、歴史を重ねた重厚な佇まいをみせる洋館がこの大学のシンボルであった。国の重要文化財の指定を受けており、この時期は、他府県の観光客や地元のハイカー、大勢の新入学生が優美な京都御所の桜を満喫していた。
その一方、剛の心底には嫉妬と後悔が残雪のように執念深く居残り、春の陽光を感じる余裕など全く無かった。野球帽と大きめのマスクで顔を隠し、以前は剛や多くの女子高生が憩いの場としていた駅前の公園を避けるように播州赤穂行きに飛び乗るのが行動パターンになっていた。偶然でも、同級生や先輩後輩と鉢合わせするのが嫌だった。
『彦坂! サッカーは? 』とか、
『先輩! どこの大学に行ったのですか?』と、
あれやこれや、あーだこーだの近況を聞かれるのが辛かった。その都度、可笑しくもないのに苦笑いしたり、言葉を選んで説明するにを避けたかった。噂が面白可笑しく人に伝わっていくことも、人生の風向きなどあっという間に変わることを、剛はつい最近知ったからだ。
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