天の加護

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天の加護

 昼前に目を覚まし、スポーツ新聞に目を走らせながら朝昼兼の食事をする。そして、判で押したように午後三時過ぎの播州赤穂行き・一両目に乗車する。教授の話は全く上の空で真新しいノートは手づかずのままだった。二時限目が終わり次第、母親手製の弁当で夕食を済ます。その後は、居眠りで時間を繋ぎ最終電車で帰宅する。そういう単純な日々が一カ月近く繰り返されていた。  四月末、剛はいつも通りに校庭の中庭のベンチに座り、母親手製の弁当を開いた。その瞬間、上空をひらひらとツマキチョウが飛び舞い、その優雅な移動物体が剛の視覚と聴覚を思わぬ方向に誘導した。 『今日は、どうだったー? 幾ら稼いだー?』 『はい! お陰さまでバッチリです! 荒稼ぎです。効率の良いバイトの紹介、ありがとうございます!』 ツマキチョウが羽休めする木陰から曖昧模糊とした会話が剛の耳を襲った。  「なんの事だろう?」  「簡単に金儲けが出来るのだろうか?」 剛の心臓の鼓動が急に大きくなった。おそらく親の脛をかじる一部学生であろうが、剛の箸を持つ手は急停車し、全神経を耳に集結した。 『初めてにしては上出来だな!』 『明日、俺達はS店に行くから、お前達はM店へ行けよ!』 『絶対! 秘密だぞー!』 『勿論! 誰にも言いませんよー』 『店員に怪しまれるな、無茶は禁物だぞ!』 『任せて下さい! 大丈夫です!』 『明日は、久々に飲みに行こうぜー! 儲けは、四人で折半だからなー』 『じゃー又、明日…・…… 遅れるなよ…・…』 暫くして彼等の会話はツマキチョウの揺らめきと共に神隠しにでもあったかのように消えていった。しかし、その声にはある種の自信と確信とが宿っていると剛は直感した。  そして、なんの躊躇もなく心の中に大胆な決心が夕闇を裂く電光稲妻のように閃き渡った。     
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