天の加護

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 剛がこれほどまでに金銭に執着するには理由があった。一昨年の春、両親は三十年ローンで郊外に念願の一軒家を購入した。家族会議の折り、 『俺の事は心配しなくていい。特待生で進学するから金は掛からない! 授業料も免除されるはずだ!』と、 剛は半ば当然のように即答した。その時は自信に満ち溢れていた。特待生で大学進学することが、「特別な人間」に与えられた特権だと。そして、最高の親孝行だと自覚していた。  しかし、有言実行が果たせなかった今、彦坂家の家計に重く圧し掛かったのは、多額のローン返済と夢と希望を失った一人息子だけだった。しかも、剛は知っていた。好きなサッカーに没頭できたのは母親の内職のお陰だ。全国大会の応援や剛の遠征費や合宿費は、すべて母親が内職で金を工面していた事実を。  これ以上、母親がろくに寝もせずに細かい内職で疲労困憊する姿は見るに耐えなかった。アカギレと霜やけで岩のようにごつごつとした手の甲を見るのが辛かった。更に、「養子縁組」と言う四文字が、喉に刺さった小骨のように心に引っかかり、逃げ惑う野良猫の群れのように様々な思いが散乱していた。   「なぜ? 養子…・…なぜだ!」    「これから、どうすれば…・… 将来、どうなるのだ…」  「金が必要だ!」  「大学は俺の力で卒業する!」  「金は俺の力で稼ぐ!」  「金輪際、金の事は両親に言わない!」 それらの言葉がセスナ機のように旋回し、十八歳にして、金銭的親離れを心に固く固く誓った。   京都を代表する四条河原町と祇園に隣接するパチンコ店が、剛の秘密裏の縄張りであり、他言無用のアルバイト先だった。 当時、京都のパチンコ店は開店時の客足を伸ばす目的だろうが、パチンコ台の左右のチューリップを開けると言う「早朝サービス」が主流を占めていた。しかも、剛が狙いを定めたパチンコ店は、午後一時と午後五時にも同様のサービスを取り入れていた。一日に三回、同じサービスを行うパチンコ店は界隈でも稀だった。
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