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テレビ画面から視線を離さないまま、背後に立つ男に向かってオレは呟いた。
「……え?」
男の語尾は微かに震えていた。怯えているのか、それとも少しは苛立ったのか。口を開かないまま、再び黙り込んだ。
頭を掻きながら、ゆっくりと立ち上がる。ソファを挟んで男に向き直った。
テレビの青白い光に照らされた男の顔は、蝋人形のように血の気が引いており異様なほど生白い。
ぼさぼさと手入れのされていない脂ぎった髪。厚く身にまとった布きれのようなぼろぼろの衣服。指先がのぞく穴の開いた靴。黄ばんだ歯がちらりと呆けた様に開けたままの罅割れた唇からのぞき、異様にぎらつく瞳は薬による副作用のせいだろう。
まだ三十代半ばだというのに、吹けば倒れそうな細い体つきはすでに世捨て人となった浮浪者のようだ。
だが、路上に座り込んで銀を乞う奴らとは一線を引くもの。それは先ほどからこの男の右手にしっかりと握られたナイフだ。入念に研がれた刃の切っ先は真っ直ぐオレに向けられている。
オレはソファの背もたれに両腕をつき、身を乗り出すようにしてもう一度繰り返す。
「聞こえなかったのか? ハンデとして先に斬らせてやるって言ってんだ。あんた、ナイフの扱いは生きたまま眼球を抉れるほどお得意なんだろう?」
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