[2]さよならが言えなくて

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【Side 疾風】 風紀と生徒会の役員しか入れない、別館の最上階に位置する理事長室の扉をノックもせずに開けると、ゆるりとした理事長が俺をソファーに案内した。 「どうしたんだい」 いきなり開けたことを咎めることもなく、優しい口調でゆっくり尋ねるが、そんなゆっくりしていられない。 「あの………、さ、早乙女が………、ほ、けんしつ、で………、んで、朝倉、先生に………」 「落ち着いて、ゆっくり説明しなさい」 文が成り立っていない俺を落ち着かせるように理事長が肩を掴む。 「早乙女が生徒会室で倒れてて、保健室に行ったら朝倉先生に心臓マッサージされてて、そしたら理事長に知らせろって………」 「朝倉先生は早乙女君を病院に連れて行ったのかい?」 俺の話を聞いて理事長は焦るでもなくゆっくりと尋ねる。 それに対して頷いた俺を確認すると、胸ポケットからスマホを取り出し操作をすると、サッと耳に当てた。 どこかに電話をしているらしい。 その電話の内容は良く聞き取れなかったが、『輝雅がどう』とか、『発作がどう』とか、『病院がどう』とか言っていた気がする。 電話を終わらせた理事長はハンガーにかけてあったコートを掴み机の引き出しから何かを取ると俺の前に立った。 「君も一緒に来るかい?」 そう言った彼の誘いを断るはずがない。 俺は首を大きく縦に振りソファーから立ち上がった。 理事長についていくと彼は車に乗り、俺に助手席に乗るよう促した。 「こんな状況になってしまったからには仕方ない。君には説明しておくよ」 何を思ったのかハンドルを握り、車を走らせている理事長が前を向いたまま口を開いた。 「早乙女君がうちの学園に来たのは中等部に上がる少し前だった」 昔の話を始めた理事長を不思議に思いながら無言で聞く。 「その頃から彼はすでに心臓に病気を抱えていてね。薬を飲めば普通に生活はできるから、もしもの時の事を考えて朝倉先生を雇って早乙女君を受け入れたんだ」 急に告げられた早乙女の病気。 「彼が高等部に上がって会長になった時、正直不安だった。でも、柳瀬君が隣にいたから、ね………。全力でサポートする、と告げてきた時の彼らの目があまりにも本気だったから、大丈夫だと思ってたんだけどね……」 困ったような理事長。 こんな風になったのは今回が初めてだと言う。 内心彼も焦っているのだろう。 苦笑いの奥に、真剣で心配そうな目が隠れていた。
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