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「予想通り過ぎて笑える」
「嘘、全然顔笑ってないよ?」
シンク上の小さな蛍光灯だけをつけた薄暗い給湯室。
トイレに行きたいと言った男はトイレになんて見向きもせず、きょろきょろ周りを見回した後、給湯室に私を押し込んで…今まさに最近流行の壁ドン状態である。
「憧れだったんだよね、職場恋愛」
「自分の職場でやってほしいんだけど。ここ私の職場でもあんたの職場でもないからね」
「今日一日だけは、ここが俺の職場でしょ?」
鼻先が触れたまま、囁くようにかけられる言葉。
時折唇をくっつけながら、雇われ署長はいたずらっ子みたいな顔で私の左手を壁に押し付けている。
もう片方の手はというと、さりげなく腰に回され、さっきからスーツの上をさわさわと這っている。
「なんか燃えるね。警視庁のエリートと、警察署長の恋」
「あと5分よ、もう戻らないと」
「じゃあ最後に深いの…」
世間はこの“ 咲真 ”という男を生粋のプレイボーイとして、見ている。
それはデビュー当時からのキャラクターで、もはや悪いイメージというかそれでこそ“ 咲真 ”という男だと世間は認知しているようだ。
確かにこの男の言動が軽いのは認める。
もう4年もこういう関係を続けているが、その間にも何度週刊誌に載ったかわからない。
最初でこそやきもきしたが、でも、隣にいたら次第にわかってきたのだ。
誰にでも同じくへらりへらりと接するが、きちんと心と貞操を守る人なんだと。
週刊誌に撮られても、彼は一度も、自ら弁解などしたことはない。
一言、「俺はお前を信じてる」とだけ言うのだ。
「ん…まこと、」
拘束されていない方の手を彼の首に回せば、壁に縫い付けられていた手も解放され、背中にぎゅっと彼の両腕が回ってきた。
きつく抱きしめられて背はそり、かかとは上がる。
食い尽くさんとばかりに唇を貪られながら、解放された左手も彼の首に回して私からもぎゅっと抱きついた。
お固い私に、のらりくらりが得意な彼。
一見合わないように見えて、実は相性バッチリなのである。
おわり
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