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どうしようもなく好きになった人がいる。
別に、その人が初恋ってわけじゃない。
でも、好きになれて良かったと思えたのは初めてだった。
その人は別に特別容姿がいいわけでも、特別頭がいいわけでも、特別運動ができるわけでも、特別金持ちなわけでも、特別愛されてるわけでも何でもない、ごく普通の人で、なのにとても優しくて。
ずぶ濡れで涙を流している俺に傘なんかくれて。俺に渡すと自分が濡れてしまうというのに、彼は俺に無理矢理傘を押し付けた。
その時の君の顔は数年経った今でも思い出せる。
とても優しい表情をしていた。
彼はその優しい表情のまま俺の元を去った。
ほんの数分、ヘタしたら一分も経ってないようなほんの少しだけの時間。それだけの時で俺の荒れ果てていた心は安らいだ。
誰もいなかった俺の世界に、俺だけしかいなかった世界が、お前が俺を見つけてくれたことで俺の世界が大きく変わった。俺だけの狭い世界でなく、俺とお前のいる広い世界となった。
どうしても彼に近付きたくて、自分の持つ力を上手く使い、彼を探し当てた。
彼を見つけ、偶然を装い少しずつ距離を近づけていった。
笑っている顔が見たい、怒っている顔が見たい、悲しんでいる顔が見たい、いろんな彼が見たい、そんな気持ちで胸が一杯になった。
段々と仲良くなるにつれて俺と共にいる時間が長くなっていった。
俺を救ってくれた彼と一緒にいられることが素直に嬉しかった。
それに、彼が嬉しがると俺も嬉しいし、それだけで心が暖かくなるような気がした。
その反面、彼が他人と話すのが嫌に感じるようになった。イライラするしうずうずする。
一回、その衝動が抑えられなくなり、彼の肩を強く掴んで問いただしてしまった。あの男は誰だ、お前の何だ、俺とどっちが大切だ、似たようなことを叫び続けた。
彼はそんな俺に最初は恐れていたが、段々と悲しい表情をしはじめ、俺を抱きしめていた。
泣きながら俺が一番大切だと言ってくれた。
彼には申し訳なかったと今でも思う。でも彼はそれを嫌と言わなかった。それがとても嬉しくて、泣いていた彼がとても愛おしくてたまらなかった。
彼がいてくれれば何でも出来る気がする。彼がいてくれればそれ以外何もいらない、いるはずがない。
純粋だった気持ちに徐々に、それでも確実に重くて暗い、黒い気持ちが混じりはじめた。
こんなつもりじゃなかったんだ。
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