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「まあ、ペテルブルグからいらしたんですか」
彼女は嬉しげに父さんに向かって念を押す。
ロシア人と聞くと警戒するという噂とはどうも違うようだ。
「ええ、私の父の代までは宝石職人として宮廷にも出入りしていました」
父さんは誇らしげに答える。
今となっては、偽石を磨いて売り捌く方がはるかに多いのに。
「亡くなった妻は男爵家の出身でして、皇帝ご夫妻にお目通りしたこともあるそうです」
母さんは外では極力、ロシア貴族の出だとは知れないようにしていたんだけどな。
「そうですか」
得意げな顔つきの父さんに向かって頷く彼女の笑顔はどこか寂しくなる。
母さんが革命で続出した没落貴族の娘と察したのかもしれない。
父さんが余計なことを言い出すから……。
「息子はこちらに移ってから生まれたので、ロシアのことは何も知りません」
父さんの言葉で彼女は改めてこちらに眼差しを向けた。
ふわっとラべンダーの甘い香りが届く。
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