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すぐ側まで上がって来た教頭に目配せし、どうしようと顔を歪めている。
ざわつく館内では様々な意見が飛び交っている。
檜と幸子の交際に、又は幸子の退任に、否定的な意見も有ればそうじゃないものもある。
幸子は混乱したその状況を目に、ただただ困惑していた。
唇を噛み締め、丸い目には薄く涙が滲んでいる。
壇上の檜に目を向けると、バチッと視線がぶつかった。
プライベートの顔つきで、さ、と名を呼びそうになる彼に、不意に居たたまれなさを感じた。
握り締めた手を胸に当て、即座に背を向けると、すぐ側の扉から外へと飛び出した。
「幸子…っ!?」
檜も慌てて壇上から飛び降り、その後を追う。
唐突な行動に生徒たちは、あっと驚き、暫時、唖然となるが。
やがて嵐の様に歓声が高まり、ふたりの出て行った扉へ続こうとした。
しかしながら、壁際の教師らの行動は素早く、扉を閉めると再び注意を促した。
*
体育館を出た昇降口付近で、その小さな背中を呼び止めた。
幸子は振り返らないが、小刻みに震えた肩は泣いているのを物語っていた。
「幸子…」
檜は切なげに眉を寄せ、再び愛しい女(ヒト)の名前を呼ぶ。
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