第1章

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 僕がまごついていると美幸がそっと僕の背中を押しながら耳元で囁いた。  「帰りたいんでしょ?」と。  美幸には申し訳ないが、ほどほどに海倉達には帰ってもらうようにと言うと彼女は「まかせておいて」と目配せをした。  僕は海倉が引き止めるので、隙をつくためにそのままの格好で店内にいたが、監督達の様子を見計らっていた。  ふと彼らの気が逸れているうちに、美幸の予備のコートを借りて自分の荷物だけを持ち、逃げるように裏の出入り口から店を後にした。  流石に海倉もこのままの格好で僕が帰るとは思わなかっただろう。  あいつに付き合わされると朝まで飲まされかねない。    店を出ると瑠璃親子の車が見えたので僕は慌ててその車の傍まで走った。  瑠璃達は僕が店の中にいた時のままの格好だったので、最初はびっくりした様子だったが、すぐに微笑んだ。 「隆二さん、そのまま帰るの~? どこかで誰かにナンパされないようにね!」 「誰もナンパなんてしない、こんな大女」 「そんなことないよ~俺が今ここでお持ち帰りしちゃおうかな?」  そんな話をしながらも、僕の視線は車の後部座席に向いていた。助手席に母親が乗ってる以外後部座席には誰もいなかった。 「今度その格好で俺とデートしない?」 「あ、ああ……」  瑠璃の話を上の空で聞いていると、瑠璃は察したのか僕の見ていた車の後部座席を見る。 「守? 彼なら駅の方に向かったよ」 「そうか、すまない」 「よかったね、そ・れ。守きっと喜ぶよ」  瑠璃はそう言うと僕が抱えているゲームの入った紙袋を指差した。 「ん、ありがとう」  僕が瑠璃を見ると瑠璃は少しだけ微笑んだ。 「俺ほんとびっくりだよ。たかがゲーム一つで隆二さんがここまでしちゃうなんてさ~。隆二さん変わったね、こんな風に一生懸命になっちゃう隆二さんなんてさ」  しばらく瑠璃の言葉が途切れた。  僕は何かまだ言葉が続くのだろうと思ったのだけれど、彼はそのまま何も言わずに黙ったまま視線を反らした。  視線を反らした顔が一瞬淋しそうに見えたけど、その後口元が少しだけ微笑んでいた。  それが僕の今の姿に笑っているのか、僕がゲームごときであの店で女装してダンスまでしてしまうばかばかしさに思わず笑いそうになっているのかわからなかった。
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