二十一 変異

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二十一 変異

  二〇八〇年十二月二十一日、土曜、ティカル十八時。  地球防衛軍ティカル駐留軍基地、情報管理室。  情報管理室で、戦艦〈ホイヘンス〉を示す3D映像の輝点が月を周回する楕円軌道を示した。情報管理室のコントロールポッドは室内中央に円形に配置されている。コントロールポッドのバーチャルディスプレイにも、戦艦〈ホイヘンス〉の3D映像が現れている。どちらもパラボーラと情報収集衛星と、月面の艦艇三隻が捕捉した映像だ。  アダムはパラボーラを管理するコントロールポッドで、この3D映像を見ていた。  クレーターからの攻撃で、ホイヘンスはヘリオス艦体の位置を知った。この後、何をする気だ・・・。  アダムは、自分の横顔に注がれるスカルの熱い意識に気づいて、スカルを見つめた。 『・・・どうした?』 『あなたがここに居るから、うれしい・・・』  スカルの思いを感じて、アダムの背が熱くなった。 『いつも離れてるから、こうして感じていたい・・・』  スカルはアダムの左に座ってバーチャルディスプレイを見ている。アダムを見ていない。背にも触れていない。アダムの背中を撫でているのはスカルの見えない手だ。 『もう少しで、いっしょに居られるようになるよ』  そう伝えて、アダムは戦艦〈ホイヘンス〉の軌道を示す3D映像に視線を戻した。 『どうして?』  スカルは小首を傾けてアダムを見た。 『過去、ミンスクは優性保護財団から腎臓を提供されて移植した。最近、ミンスクの腕に小さなケラチンシェルが現れた。優性保護財団から臓器提供された統合議員もシェルが現れてきた。トムソに変異し始めたんだ・・・』 「なぜなの?・・・」  スカルは精神波ではなく言葉で伝えた。  円形に配置されたコントロールポッドに、ソミカが指揮する六体のトムソが居る。  平常時、六機の情報収集衛星が捕捉する映像とデーターは、コントロールシステムで集中管理されて3D映像化されるため、コントロールポッドのトムソは一人で事足りる。しかし、今は非常時なため、各コントロールポッドにトムソが居る。   「現在、臓器移植者に現れた小さなケラチンシェルは極秘だが、近いうちに公になるから話してもいいだろう・・・」  アダムは、バーチャルディスプレイの3D映像で戦艦〈ホイヘンス〉の動きを見ながら、 皆に聞こえるようそう言って説明した。  ホイヘンスは、モーリン・アネルセンなど健康な女性の配偶子と、大隅教授や宏治の配偶子を用いてトムソを誕生させた。  臓器を必要とする男性要人の場合、トムソの女の配偶子と男性要人の配偶子から、男性要人と同一免疫型のトムソを誕生させて、戦艦ホイヘンス内の保存培養カプセルで育成し、臓器提供した。女性要人の場合、女性要人の配偶子と大隅教授と宏治の配偶子を遺伝子操作してである。  従来、成人した人の身体細胞に未分化細胞は存在しない。組織細胞は分裂をくりかえしてテロメアが減少し、その組織は老化衰退する。  一方、トムソの組織には未分化細胞が多数存在する。トムソの組織を移植された身体は、移植臓器に多数の未分化細胞が存在するため、老化衰退した組織に代って、この未分化細胞が身体組織細胞として活性化し、身体が徐々にトムソ化する。 「変異している人数は?」  スカルはアダムに訊いた。 「統合議員の半数以上だ・・・」  アダムは不快な表情でそう言った。  トムソ化した統合議員は、身体に現れたケラチンシェルを、ホイヘンスが癌細胞のように取り除いてくれると考えた。アジア、オセアニア、ユーロ、アフリカ、北コロンビア、南コロンビアの各連邦に、一人の連邦議長と、旧国家数の百九十五人と国家的位置づけにある民族数だけ連邦議員が居る。総勢は三百人を超える。そのため統合議員の半数以上がホイヘンスの減刑を決めた過去がある。 「問題はそれだけじゃない。彼らには若い妻や愛人が居る・・・」  アダムはそう言って、戦艦〈ホイヘンス〉の軌道を示す3D映像を見ている。 「トムソが産まれる。トムソの存在が公になるわ」  スカルはアダムを見た。  トムソと人間の配偶子は受精率が高く、出生率も高い。トムソの成長速度は人の二倍から三倍だ。 「統合議員の妊娠している妻や愛人たち全員を隔離した。出産が始ればいつまでも全員を隔離しておけない・・・。機会を見てトムソの存在を公表する・・・」とアダム。  スカルは複雑な気持ちになった。我々の存在は隠されたままになっている。これまでの状況は全てプロミドンコントロールシステムにモニターされて、4D映像通信で統合評議会と地球防衛軍統合本部に伝えられている・・・。  スカルは、スカルを思うアダムの立場を考えた。 「私とあなたの事も公表されるの?」 「いや、それは無い。たとえ、そうだとしても、私は困らないよ」  アダムはスカルを見て微笑んでいる。 「うれしいな。でも、なぜ、私たちの事は伝わらないの?」 「私が、そのようにプロミドンに指示した・・・」  アダムは、視線をスカルから戦艦〈ホイヘンス〉の3D映像に戻した。 「そうなの・・・。でも、なぜそんな事ができるの?」  いつ、アダムはプロミドンコントロールシステムをオペレートしたの?それも、私たちには不可能な指示を・・・。  アダムはここに来てから、ずっと私といっしょに居る。コントロールポッドに居て、プロミドンコントロールシステムにアクセスしていない。  スカルはアダムを見た。  スカルの疑問を感じて、アダムは戦艦〈ホイヘンス〉の3D映像を見たまま、頭部を指さした。 「私も、トムソに変異しているらしい。その証拠が精神波だ・・・。 いや、精神波以上かも知れないね・・・」  アダムの指が優しくスカルの唇に触れた。そのまま上下の唇を優しく左右に撫でている。  スカルの全身に、アダムの思いが心地良く拡がった。 「今は・・・」  だめよ・・・、と言いかけて、スカルは、アダムの手が動いていないのに気づいた。  アダムの右手は顎にあり、頬杖をついた右肘はコンソールの隅にある。左手は、左脚の上に右脚を組んだ膝に乗っている。両手ともスカルの唇に触れていない。 「戦艦〈ホイヘンス〉の周回周期は?」とアダム。  スカルはディスプレイを見てアダムに視線を戻した。 「このままの速度なら、約二時間よ。ホイヘンスをどうするの?」 「ソーラービームで壊滅できるが、戦艦〈ホイヘンス〉には警備員の家族が二百名居る。抹殺すれば問題になる。艦を航行不能にして逮捕するしかなさそうだ」  アダムは不快感な顔になっている。戦艦〈ホイヘンス〉をソーラービームで壊滅したいのだ。  一時間後(二〇八〇年十二月二十一日、土曜、ティカル十九時)。  3D映像の戦艦〈ホイヘンス〉が再び月に近づいた。戦艦〈ホイヘンス〉の周囲に、六個の小さな輝点が出現している。パラボーラの探査システムで確認すると、回収攻撃艦一隻、攻撃艦一隻、突撃攻撃艦四隻の計六隻の副艦だ。  スカルの唇から、アダムの指の感触が消えた。 「ホイヘンスは何をする気だ?」  アダムは話しながら精神波を発した。 『カムト。戦艦〈ホイヘンス〉から副艦が発進した!確認してくれ』 『・・・・・』  カムトから連絡が無い。  カムトは戦艦〈ホイヘンス〉を攻撃する気だ・・・。  そうでなければカムトは〈V1〉と〈V2〉と〈S1〉ごと大司令戦艦〈ガヴィオン〉に移動して、プロミドンでホイヘンスを捕獲する気だ・・・。  アダムがそう思っていると、 「〈S1〉と〈V1〉、〈V2〉が消えた!戦艦〈ホイヘンス〉もだ!」 とスカルが叫んだ。  月面の3D映像から〈S1〉と〈V1〉、〈V2〉が消えた。同時に3D映像に現れていた楕円軌道上から戦艦〈ホイヘンス〉と副艦の輝点が消えた。パラボーラを管理するコントロールポッドのディスプレイに、艦艇は映っていない。 「スカル!戦艦〈ホイヘンス〉とカムトたちの波動残渣を追え!」 「了解。皆!戦艦〈ホイヘンス〉と〈S1〉、〈V1〉、〈V2〉の波動残渣を追って!」  スカルは情報管理室の全員に指示した。
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