三 坑道

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三 坑道

 二〇八〇年、九月九日、月曜。  南コロンビア連邦、ベネズエラ、ギアナ高地、テーブルマウンテン、テプイ  大坑道はドーム状で広い。二十の坑道の全坑口が大坑道にあり、中央に岩石の広い台座がある。その上に横たえた血まみれのテクタイトの外殻装甲がモーザの光を浴びて輝いている。横に並ぶ千切れた腕と脚は損傷が激しく、覆っているテクタイト装甲を見ただけでは誰の物か識別できない。 「確認しろ」  台座の周囲に集まった二十の採掘チームの間から、採掘総指揮者ダーマンの声が響いた。  ガルはトムソの下腹部の血を拭き取って、テクタイト装甲に記録されたコードを確認した。第十三坑道の採掘チームリーダーであるレグの胴に腕と脚はない。ケラチンシェルの下腹部を開くと、そこに血にまみれてゼリー化したソウルとして、レーブの胴があった。 「だめだ・・・」  ガルは下腹部のシェルを閉じて、顔面を覆うテクタイト装甲と装備を外し、ケラチンシェルを開いた。赤い血の流れが頬のシェルをつたってゆっくり台座に拡がった。  レグの事をバレリに何て言えばいい? メンバーのパートナーたちに何を言えばいい?ソウルを失って生存できるシェルはいない。ソウルとシェルは一心同体でトムソだ。たとえシェルとソウルが同化していない場合でも・・・。  そう思いながら、ガルはレグの顔面シェルを閉じた。テクタイト装甲は頑強で数十トンの圧力を受けても変形しない。採掘者が想像を絶した膨大な圧力を受けたのはまちがいなかった。 「レグに腕と脚を添えてやれ」  チームリーダーのガルに言われ、トムソたちが千切れた腕と脚から組織や汚れを拭き取ってコードを読んで、レグの胴に腕と脚を添えた。  ガルはザックの遺体に手を伸ばした。シェルを開いても、血まみれにゼリー化したソウルの、ザクレブの潰れた顔や赤く液化した脳しかない。 「カプセルに入れる前に、他の者たちの腕と脚も確認して胴体とともに並べてくれ。カプセルに入れるのはその後だ・・・」  ガルは間近にいる無感動なトムソに呟いた。  いつもなら、確認された遺体と部分は無造作に埋葬カプセルに納められ、トムソたち採掘者の手の届かぬ地下深くに埋葬される。  だが、今日のガルは違った。胴や千切れた腕や脚を埋葬カプセルに入れる前に、せめてもう一度、レグがガルたちとともに過ごした生活を確認しておきたかった。  レグの遺体を見るガルの背後で金属音がした。  ふりむくと、片脚と両腕のないマックスが台座上を転がされて埋葬カプセルに納められ、片脚がカプセルに放りこまれるところだった。  不意に怒りがガルの中に湧きあがった。 「おい!もっと丁寧にやれ!」  ガルは苛ついて怒鳴った。トムソは有機体だ。千切れた脚や腕も身体だ。物ではない。ガルの苛立ちはトムソが表現しない感情だった。  ガルは七時間前の交代時を思いだした。 「これで、俺のチームは、五名全員がパートナーを持つ」  レグは満足そうな顔で顔面のテクタイト装甲を閉じて採掘車に乗りこんだ。レグは増殖期に入っていた。採掘が終りしだいバレリと新しい居住区へ移動する予定だった。 「チーフ」 「何だ?」  採掘リーダーのダーマンは、部下とともに平然と処理作業している。  ガルに、ダーマンの冷ややかな視線が注がれ、もっと早く確認作業しろと目で催促した。 「レグを含めて四人が増殖期に入ってた。パートナーも決まってた・・・」  トムソが千切れた片脚をカプセルに投げこんだ。反響音がガルの言葉をかき消した。 「遺体はテクタイト装甲に包まれたケラチンの有機物だ。装甲と装備を剥ぎとって採掘資材に使う方が有益だが、トムソの尊厳を思い、テクタイトに包まれたまま埋葬するんだ・・・」  台座に次の埋葬カプセルが現れた。 「いつまでも思っていないで、早く放りこめ・・・」  ダーマンは最後の遺体、レグの胴を顎でしゃくった。ガルの横にいるトムソが、レグの胴をカプセルに入れた。ダーマンはレグの千切れた腕と脚を掴み、カプセルに放りこんだが、カプセルの縁で金属音を立てて弾きかえされた。  胴をカプセルに入れたトムソが、レグの腕と脚を拾ってレグの胴に載せ、カプセルの蓋を閉じた。 「遺体を分解して我々の資源にできるが、そうはしない・・・。  数千メートル下に埋葬された遺体がどうなるか、考えた事があるか?」  ダーマンは台座の端の文字のひとつに指を触れた。 「いや、考えた事はない」  磁場が作用して、五本の埋葬カプセルが台座に直立した。各カプセルの真下の台座表面がスライドし、台座内からカプセルを固定するアタッチメントが現れてカプセルに連結した。内部を透明な液体で洗浄している。 「そうだろうな・・・」 『こうして話しても、明日になれば我々は何も覚えちゃいない。パートナーたちも、皆、同じだ。何も憶えちゃいない・・・』  ガルはダーマンがそう思っているのを感じて、思わず口を開いた。 「どういう意味だ?」  洗浄が終って新たな液体がカプセルに注入され、アタッチメントがカプセルから離れた。 「地下の高温と高圧に晒された有機体は原子レベルに分解する。テクタイトがどの程度まで耐えるか知らんが・・・」  アタッチメントが台座内に格納された。カプセルは磁場を離れて、台座に開いた空間へ落下すると、台座は閉じた。  カプセルが落下してゆく途中に、マグマを遮断する強磁場の防御エネルギーフィールドがある。カプセルはこの磁場空間を難なく通過する、とガルは聞いている。 「俺たちが採掘している地下資源に、そうした遺体が含まれると言うのか?」 「そうは言っていない・・・」  そこまで話すとダーマンは他のトムソを呼んだ。 「埋葬は終った!皆、戻って休息しろ!今日の作業は中止だ。  ガル。たっぷり食え。モーザの光を浴びてエネルギーを増やせ。エネルギー不足だからよけいな事を考えるんだ」  ダーマンは大坑道の空中で明滅する二十機のモーザを示した。 「ああ、わかってる・・・」  ガルはそう答えた。  モーザが、居住区へ移動する採掘チームの移動車を各居住区へ通じるエレベーターへ先導している。  モーザに導かれてガルが移動車に乗りこもうとすると、見覚えあるコードのテクタイト装甲が見えた。レグのパートナーのバレリだ。  ガルは集団から離れて足早にバレリに近づいた。 「バレシア、話がある・・・。レーブから聞いてたんだが・・・」  レーブはレグのソウル名だ。ガルにソウル名を呼ばれて、バレリは歩みを止めた。  通常、トムソたちがソウルの名で呼び合うことはない。ソウル同士が直接会う機会が無いためもあるが、ソウルと同化したトムソ自体が一個性を成すため、ソウル単独の個性を必要としないからだ。だがなぜか、ガルとバレリとレグはソウルの個性で意思疎通する方がトムソで行うより楽だった。 「何も言わないで。今は何も考えられない・・・。  それより、聞いて欲しい事があるの!」 「何だ?」 「ここではだめ!こっちに来て」  バレリはモーザを浴びぬように、トムソたちの陰に隠れて、ガルとともに第十三坑道の入口に待機している採掘車に乗りこんだ。 「話す時はモーザの光を浴びてはだめ。レーブに言われたの。モーザの光を浴びると意識と記憶を読まれて記憶がリセットされる・・・」  「わかった」 「この坑道の先に空洞があるらしいの。地中レーダーのエコーが不自然なパターンを示してるとレーブが伝えてきてた」 「そんな馬鹿な。ここは地表から六百メートルも下だぞ」 「それで、チーフが採掘方向を変えるよう指示したらしいの」 「空洞を避けるためか?」 「そうよ。レーブたちは方向を変えて採掘して、事故に遭ったらしい・・・」 「原因はその空洞にあるのか・・・」 「おそらく、そうよ。探ってみる?」 「いや、今はこのまま居住区へ戻ろう」  ガルはモーザを浴びぬように、バレリを連れて急いで採掘車を降りた。
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