五 シャフト

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五 シャフト

 二十四時間後。(二〇八〇年、九月十日、火曜)。  南コロンビア連邦、ベネズエラ、ギアナ高地、テーブルマウンテン、テプイ。  男はゲイルの右手の小指を切りとり、男の足に絡んだゲイルのバッグのベルトを切った。ベルトにぶら下がっていたゲイルは叫びながら落下して、エレベーターシャフト側面下部の外枠にしがみついた。  だが、小指を切り取られた右手に力が入らない。外枠を掴んだ左手が外れて、ゲイルはもんどりうって数階下のシャフト側壁へ落下し、凄まじい音を立てて、エレベーターのガイドレールを支える鉄骨と側壁の間に、左脚と左腕から身体ごと挟まった。 「くそっ、またか・・」  嫌な目覚めだ。モーザを浴びながら眠っているのに、なぜ、こんな夢を見る?レグからの思念波か?レグはもう居ないんだぞ・・・。モーザが夢を見せたのか?  そう思いながら、ゲイルは、睡眠カプセルの中でガルの中に入った。 『モーザは思考を具象化できないよ。ゲイルだけで思考するより、ガルで思考する方が思考を読まれないよ・・・』 『わかった。ガル。今度から、そうする・・・』  ゲイルはそう答えてガルと一体化した。  これから六時間の採掘作業だ。そのあと、六時間の休息と十二時間の睡眠が始る・・・。  ガルはブルーのモーザを浴びながらカプセルを出た。  ガルは休息区で必要栄養素の食事をするため、居住区を出て移動車に乗った。  トムソたちの移動車がエレベーターに入った。エレベーターは高速で急降下した。  エレベーターのドアが開いて、移動車は大坑道を走る。周囲は各種重機を点検するメカニックロボットや、エネルギーを充填するサービスロボットと、食料を積むヒューマノイド(人型ロボット)、そして、ロボットとヒューマノイドを管理するバイオロイドでごった返している。  第十三坑道の入口近くにバレリが居る。ガルは移動車から降りて、点検ずみのグリーンシグナルが点灯した採掘車に乗り、モーザを遮ってバレリを呼んだ。 「バレリ。早く乗れ!」 「何?」  チームメンバーは睡眠中にモーザから採掘指示を受けている。リーダーやメンバーが欠けてもチームは作業を停止しない。 「急げ!モーザに見つかるぞ!」  バレリを採掘車に乗せて、ガルは採掘車を走らせた。 「何するの?」 「休息前に話したように、坑道を探るんだ」 「何で?」 「何も覚えてないのか?」 「そう言えば・・・」  バレリは睡眠前を思い出そうとしている。  ガルは大坑道の混雑に紛れて、採掘車を第十三坑道へ進めた。コクピットのコンソールに採掘車の前方と後方の3D映像が現れた。  背後に遠ざかる大坑道の映像を見てガルが言う。 「俺たちが採掘した鉱石は、運搬車で運ばれてカプセルに詰められて、坑道内に張り巡らされたパイプコンベアで運ばれる。どこへ運ばれるか誰も知らない・・・。  ここにはバイオロイドとヒューマノイドと各種作業ロボットが居る。俺たちが鉱石を採掘する必要はない。その事を、なぜ誰も疑問に思わないんだ?」 「そんな事、考えたことない・・・」  ガルとバレリの乗った採掘車が第十三坑道の奥へ走った。  坑道の入口にモーザが現れた。モーザは鈍いルビン色を放ちながら、地を這うように低く浮遊して採掘車を追った。   「ガルとバレリが十三坑道に入りました」  中央制御室で、コントロールポッドのシンディーが監視3D映像を見て、リンレイに報告した。 「監視を続けなさい。記憶消去が不完全だったの?」 「確認します・・・」  シンディーは思考記憶管理システムを操作した。現れた映像に異常はない。 「完璧です。他の要因です」 「原因を調べなさい。二体を連れ戻すよう、ダーマンを行かせなさい」  リンレイの頭上でモーザがイエローからスカーレットに点滅している。 「指示を変更します。破壊しましょう。坑道ごと破壊しなさい」 「わかりました」  シンディーは思考記憶管理を坑道管理に切り換えた。 「破壊します・・・。  システム異常発生。  磁場発生不能のため破壊できません。他から妨害されています」 「二体の記憶消去も妨害されたの?」 「いえ、妨害されてません。記憶の再生が行われました。方法は不明です」 「キム。マリ。原因を調べなさい!」  リンレイはバイオロイドたちに指示した。 「わかりました」  中央制御室のモーザがルビンに明滅し、メインコントロールポッドがホイヘンスの3D映像を、トーマスの近くに投影した。 「バトン君。アネルセン君。来てくれ。私の体調がおかしい・・・」 「わかりました!」とトーマス。 「リンレイ!思考記憶管理システムを総裁専用に切り換えて、総裁に再生装置を二個確保しなさい!一個は予備よ!  シンディー!全システムを総裁の体調管理と分析に使って、余ったシステムをトムソの管理に使いなさい!」  モーリンはリンレイとシンディーにそう指示した。    シンディーが反論する。 「そんな事したら、あの二人が何をするかわからない!」 「二体で何ができるの!モーザに監視させて、放っておきなさい!」  浮遊しているモーザが二つに分裂した。一つがモーリンの頭上へ移動した。 「トーマス、上へ行きましょう。  アリスとジム、後を頼むわ!」 「はい。わかりました」  バイオロイドが答えた。  モーリンとトーマスは床に現れた発光リング内に立った。 「総裁の所へ急いで運んで!」  床は、モーリンとトーマスと一つのモーザとホイヘンスの3D映像を乗せたまま、球状エネルギーフィールドに包まれて浮遊し、天井に開いた空間へ急速に移動した。  モーリンとトーマスはホイヘンスの自室に入った。  ベッドに横たわるホイヘンスの顔は歪み、皮膚に血液が染み出ていた。モーリンとともに移動したモーザは、室内のモーザと合体して一つになり、ホイヘンスの頭上で激しくルビンに明滅した。 「私を解放して家族の元へ帰せ・・・。この世から家族が消えたら、私はお前たちクラリックのアークを許さない。この時空から抹殺する・・・」  ホイヘンスは呟きながら、勝手に動こうする身体を必死に押さえている。 『この変化は、外部意識の影響よ・・・』 『外部だが、過去からだ・・・』  トーマスとモーリンの精神空間思考が飛び交ったが、モーザは二人の精神空間思考に反応しない。  バイオロイドのミランダが言う。 「あなたたちが総裁の状況を診てから、総裁を再生装置に入れるよう総裁に指示されました。まちがっていましたか?」 「総裁の指示ならまちがってないさ。  鎮静剤を投与して再生装置に入れてくれ」  トーマスが指示した。 「わかりました」  ミランダはホイヘンスの首に右手小指の先を触れて皮膚表面を洗浄し、小指に内蔵された圧入噴射機で薬剤を投与した。そして、部屋中央にあるソファーとテーブルに触れて、バーチャルコントロールポッドを出現させて操作した。  ホイヘンスに近い壁が上方へスライドした。壁の中から水平型の再生装置が現れて床に固定され、装置の蓋が開いた。天上から十八本のアームが伸びてホイヘンスを再生装置に入れて、蓋が閉じた。 「リンレイ」  モーリンがバーチャルコントロールポッドに向って呼んだ。  リンレイの3D映像が現れた。 「総裁の再生システムを稼動して記憶管理してください。総裁の記憶だけ残して他は消去してください。こちらで実行するより精通しているあなたの方が確実よ」 「了解しました。  アリス。ジム。再生システムを稼動してください」  リンレイはコンソールで思考記憶管理システムを操作し、アリスとジムが操作する総裁の再生装置の映像を見ていた。 「総裁に他の人格が現れています。  キム。マリ。消去を・・・。あっ?」 「どうした?」  トーマスは、3D映像に現れたリンレイのコンソールを覗きこもうとした。  ホイヘンスの頭上のモーザがトーマスの頭上へ移動した。 「総裁の皮膚が、細胞単位で外部変質しています。癌細胞ではありません・・・。  こんな事って・・・」  こんな事って有り得ないと言いそうになって、3D映像のリンレイは慌てて声を潜めた。  トーマスの頭上で、モーザの放つ光がルビンからスカーレットに変っている。 「消去できるか?」とトーマス。 「ええ、できます・・・」 「こっちは、皮膚細胞の老化による堆積を示しているだけだ」とトーマス。  コントロールポッドが投影している再生映像の数値は、皮膚細胞の老化を示している。 「こちらは外部変質を示してます。  変質細胞と老化細胞を消去しますか?」とリンレイ。  3D映像に現れたリンレイの頭上のモーザも、スカーレットに明滅している。 「消去してください・・・」とモーリン。  トーマスの頭上のモーザは3D映像に現れたリンレイに見入っている。 「わかりました。  ジム、アリス、消去してください」 「わかりました」  モーリンとトーマスは互いを見て、精神空間思考を放った。 『外部変質はトムソだ。ニオブへ変異している証だ・・・』 『スケール(鱗片)の記憶は正しく解読されている・・・』  その頃。  第十三坑道の末端で採掘車が急停止した。 「妙だぞ?塞がってる・・・」  ガルが見るコクピットの3D映像に坑道末端の岩がある。崩壊した様子はなくテクタイト鋼板でシールドされた坑道に異変はなかった。  地中レーダー映像に、縦に伸びる巨大な空間が現れた。 「確かに空洞がある。シャフトだ。上に続いてる・・・」 「下はどこまで伸びてるの?」とバレリ。 「我々の目の高さだ」 「そんな・・・。レーブは、レーダーで測れない深さだと言ってた・・・」  そう言ってバレリは驚いている。 「思い出したな。シャフトへ進むぞ!」  採掘車は掘削機を稼動して岩盤を掘削した。  掘削された岩石は採掘車の後方へ排除される。鉱石運搬車のショベルマシンで取り除かない限り後退はできない。採掘車後部の採掘器を逆回転させて後退する手もあるが、採掘された岩石の量の問題で困難を極める。つまり、ガルとバレリの前進は、後退不能だった。  採掘車後方が採掘された岩石で塞がった。坑道から採掘車が見えなくなった。  同時に、モーザがルビンの暗い光を明滅しながら坑道の地面に転がった。
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