六 脱出

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六 脱出

 二〇八〇年、九月十日、火曜。  南コロンビア連邦、ベネズエラ、ギアナ高地、テーブルマウンテン、テプイ。  採掘車が岩盤の中からシャフトの底に出た。コクピットに居るガルとバレリの顔面を覆うテクタイト装甲の視覚部位が、自動的に遮光モードに変化した。  ガルとバレリはハッチを開いて、採掘車から降りて光が射す方向を見上げた。  青く眩い空間に、小さな飛行体が数体見える。しばらくすると飛行体は採掘車の近くに舞い降りて、ガルの足元を歩いた。飛行体は手の上に乗るくらいの大きさでふんわりしている。それらが、どこから落ちてきたのかわからぬ土と、採掘車が掘り崩した岩石をほじくり返している。 「これは何だ・・・」  ガルとバレリはこの飛行体を見たことがなかった。地下六百メートルに土があるはずがなかったが、外界を知らないガルとバレリは、それすらも知らなかった。  青い空間から光が降り注いで、全身が暖かだった。小さな二体がガルの肩に舞い上がった。糞をしてチチッと音を立てて飛び去った。バレリの足元では三体が蠢く小さな物を探して歩きまわっている。 「モーザと違う光だ・・・」  ガルは青い空間を見上げた。まだ三体の飛行体が飛んでいる。  これは地表だ。外界だ。数百メートルの地下じゃない・・・。  ガルはテクタイト装甲を外部エネルギー吸収モードにした。  全身に暖かい光を感じる。モーザから受けた事のない感覚だ。この光には感情が無い。いや、偏った感情が無いと言うべきだ。全ての感情がある・・・・。  ガルは全身に光を感じながら、顔面のテクタイト装甲の視覚部位にあるケラチンシェルのまぶたを閉じた。バレリもまぶたを閉じて全身に光を浴びている。  一瞬、光が遮られた。受ける感覚が、緊張と疑問と、そして歓喜に満ちたものに変った。  ガルはまぶたを開いた。  青い空間から飛行体がガルの真上に急降下し、あっと思う間に巨大化して、空間へ舞いあがった。 「トムソだ!トムソが飛んでる!」  小さな飛行体と思っていたのは、青い空間の遥か上部を飛行するトムソだった。 「なぜ、トムソがここに居るの?なぜ空間を飛べるの?」  バレリもトムソを見ている。  三体のトムソが地面に舞い降りた。 「俺の名はカムトだ。君たちを救出するのに七十二時間かかった。妨害があったせいだ」 「お前たちは何だ?ここはどうなってる?なぜ、空中を飛べるんだ?」 「説明するから、頭の装甲を外してヘルメットを被れ。  記憶を転送する。君たちに訊きたい事もある」  現れたトムソのカムトは、被っているヘルメットからリードを二本取り出して、用意してきた二つのヘルメットの端に繋ぎ、ヘルメットをガルとバレリに渡した。 「二人とも早く被れ」  ガルとバレリは頭部装甲を外してヘルメットを被った。 「スカル。ソミカ。爆破をセットしてくれ」  カムトが二体のトムソに指示した。 「了解」  一体のトムソが採掘車に乗りこんで向きを変えた。コクピットに小さな装置をセットして、採掘車を十三坑道へ向けて発進し、採掘車から出た。  もう一体は、坑道と反対側のシャフトの側壁に小さな装置をセットした。 「カムト。完了したよ。一分で起動する!」  その間に、採掘車の掘削機が稼動して、採掘された岩石が採掘車の後方を塞いだ。  採掘車は岩盤を掘削して進み、第十三坑道の空間で、前方に岩石が無いと判断すれば自動停止する。 「こっちはもう少しだ・・・。よし、完了した」  カムトはガルとバレリのヘルメットからリードを外して、精神波(心の思考波、精神空間思考)を放った。 『バレル。採掘車セット完了。ヴィークルを降ろせ・・・。  何だって?二人はまだ飛べないんだぞ!位相反転シールドして降りてこいっ・・・。  パラボーラが撹乱波を出してる。気づかれないさ。心配なら電磁パルスを山頂に広角発射しろ・・・』 「ソミカ!スカル!ヴィークルが来るぞ!」  カムトは二体のトムソに、シャフト上空を示した。 「了解」 「ヴィークルがここに降下する。電磁パルスを広角発射する。  危険性は低いが、念のため、身体をシールドする。防護スーツを着てくれ」  カムトは腹部の装甲から銀色の薄いスーツを取り出してガルとバレリに渡した。  ガルとバレリは渡された防護スーツを着た。  上空から、ロータージェットステルス戦闘ヴィークルが翼を広げてローター降下した。 「外した頭部装甲を持って、ヴィークルのコントロールポッドに座れ。  ヘルメットの思考記憶管理システムが思考を精神波に変換して、コントロールポッドでクルー同士の思考を共有する。  その頭部装甲は改良して使うから持ってゆけ」 「・・・」  ガルとバレリが妙な表情をした。 「まだ全員を救えないんだ。他の者たちにも君たちと同じに指示をしたが、反応したのはレグと君たちだけだ。レグが事故にあったから、君たちを救出に来た」 「わかった・・・」  ガルとバレリは指示どおりにヴィークルに乗って、カムトともにクルー用コントロールポッドに着いた。 『脱出っ!』  コクピットのコントロールポッドで、パイロットのバレルが伝えた。隣のコントロールポッドにソミカが居る。スカルは中央下部砲座のコントロールポッドに居る。  ヴィークルが離陸した。同時に、十三坑道の岩盤が内部からシャフトに吹き飛んだ。  坑道内からレーザービームパルスの攻撃が始った。 『シャフトの鏡は無事か?』とカムト。 『問題ないよ・・・。攻撃するよ・・・』  中央下部砲座担当のコントロールポッドでスカルが答えた。  窓から、ヴィークルがシャフト側壁に薄ブルーのビームを照射するのが見えた。シャフト側壁にセットされた集光照射装置が薄ブルーのビームを第十三坑道へ反射している。  ヴィークルの外殻がスライドして窓ガラスを遮蔽し、機体全体を防御エネルギーフィールドでシールドした。 『搬送ビーム、ロック完了。外殻位相反転シールド完了』  コントロールポッドが攻撃態勢を知らせた。ヴィークルの外部は各コントロールポッドの3D映像で見えるだけだ。  ヴィークルはシャフト内を急上昇し、ジェットを稼動して急旋回した。 『電磁パルス発射!』とスカル。  一瞬、ヴィークルが鈍く振動した。  電磁パルス砲は電子制御だ。性質上、機体システムから分離されたシステムであり、中央下部砲座で機械的に遠隔操作される。  ホイヘンスの自室が、突然、鈍く振動した。自室のモーザはスカーレットに輝き、警告を発して各坑道の状況を3D映像で示した。 「全員、退避せよ!全員、退避せよ!」 「全員、退避せよ!全員、退避せよ!」  各坑道のモーザが激しくスカーレットに明滅した。トムソとバイオロイドを居住区内のカプセルに収容して、ヒューマノイド(人型ロボット)と移動可能なロボットを格納庫に退避させようとしている。 「どうした?状況を知らせろ!」  ホイヘンスの自室に居るトーマスは、中央制御室のシンディーを呼んだ。  中央制御室のシンディーが3D映像で答える。 「電磁パルス攻撃を受けました。  中央管理システム正常。  中央エネルギーシステム破壊。三十秒後にエネルギーシステムがダウンします。  採掘管理システム破壊。  坑道管理システム破壊。  全システムのセキュリティ破壊。  坑道管理システムからシステム異常が波及中」 「再生システムは自動補助システムに切り換えられて保護されました。  全システム復旧のため、補助エネルギーシステムに切り換えます」  中央制御室のリンレイとバイオロイドたちの3D映像が答えた。 「上部制御室!」  リンレイが呼んだ。  リンレイのコントロールポッドに上部制御室の3D映像が現れた。 「近寄る飛行体はすべてレーザーで破壊しなさいっ」 「了解・・・。  補助エネルギーシステムがダウンしました。レーダーと兵器の稼動不能です」  バイオロイドがそう答えた。  カムトたちのヴィークルが高速で大きく旋回した。 『攻撃完了。外殻シールド解除』  バレルが伝えるとともに、外殻シールドが解かれて、眼下に広大な樹海と巨大なテーブルマウンテンの集団が見えた。 『パラボーラの撹乱波解除。シールド解除』とソミカ。 『坑道を全て破壊したのか?』  スカルがそう訊いた。  カムトが答える。 『管理システムだけだ。  シールドされたシステムは補助システムで稼動するが、防衛システムが稼動すれば、エネルギー不足で全システムがダウンする。  それに気づくまで時間がかかるが、奴らにとって大した損傷じゃない。  いったん帰投して二次攻撃を練る』 『高速に切り換える』  パイロットのバレルがヴィークルを高速飛行に切り換えた。窓から見える両翼のローターが翼内に格納されて、両翼が超音速飛行態勢に変化した。  ガルは訊いた。 『何のための攻撃だ?』  カムトが答える。 『記憶を転送して教えただろう。奴らは君たちを支配してる。労働力としてじゃない。自分たちに移植する臓器の培養体としてだ』 『培養体って?』とバレリ。 『我々の身体から臓器を抜き取って、自分たちに移植するんだ』 『そんな事できないわ。トムソの臓器は人と適合しない!』 『我々は新人類のニオブだ。確かに我々の臓器は旧人類に適合しない。  だが、あの施設で誕生させられて飼育されたトムソは違う。片親が臓器を必要としている人間だからね。君たちが呼ぶトムソは、我々ニオブのシェルの事だ』  カムトは自分のケラチンシェルを示した。 『・・・』  カムトの言葉でバレリは黙った。 『我々は絶海の孤島の地下に居ると教えられてた』とガル。  テプイは南コロンビア連邦ベネズエラ、ギアナ高地のテーブルマウンテンの呼称だ。  その一つのサリサリニャーマは、標高千三百五十メートルで、八箇所に深さ数百メートルの巨大シャフトがある。  ガルの思考を読んでカムトが伝える。 『確かにテプイは樹海の孤島だ。特にサリサリニャーマは・・・。  あの施設には坑道が二十ある。一つの坑道に二チーム十名のトムソが四交代で配属されている。施設全体で、少なくとも八百名のトムソが居る。  我々の数は約百名だ。八百名を奴らの奴隷にしておくわけにはゆかない。  それに、あの施設には、我々の父と、父たちの友人が捕らわれてる』 『そうだな』  ガルもバレリも親と言う存在を知らない。カムトの記憶から、親の定義と親に対する感情を理解したが、自分の記憶でないため、今まで知り得なかった身内に実感が湧かない。
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