八 離婚前提の同居

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八 離婚前提の同居

 二〇二五年、七月二十日、日曜、正午前。  理恵たちがN市W区の省吾の家を訪れた。理惠の夫、菅野の詳しい自己紹介とともに、バーベキューパーティーが始まった。  理恵は細事に拘らないおおざっぱな性格だ。菅野は長身で外見は理恵に似ているが、几帳面な性格は理恵と似ていない。菅野が理惠の性格を受け入れないため、理惠が菅野に馴染めていないがよくわかる。省吾はなぜか酔えずに、何とか話を合せていた。  理恵と妻は酔ってしまい、ふだんは飲まない、と聞いていた菅野もかなり酔っていた。パーティーは夕方まで続いた。  十九時。  夕食が済んで片づけが終った。  妻と理恵は雑談しながら居間で横になった。  省吾はオープンキッチンでビールを飲みながら、バーベキューの残りを摘まみ、菅野に、 「結婚生活はどうですか?まだ新婚と同じでしょう。」  と理恵との生活を訊いた。  菅野は淡々と言う。 「性格が合わないから、別れるつもりだ」  二人とも考え方の相異から、互いを思いやる気持ちが薄れていた。結婚当初のちょっとした行違いが、そのまま大きな溝に発展した夫婦だった。夫婦生活も菅野はかなり淡白だった。 「それじゃあ、理恵さんに興味がないんだ」  省吾はそれとなく言い、菅野の目を見ぬように皿のチーズステックを口へ運んだ。 「理恵はあの顔とスタイルだから、人目を惹きますよ・・・。  でも、いっしょに生活したら、おおざっぱな性格は、事細かな銀行員に不向きです。こっちが家事まで面倒見なきゃいけない」  菅野は、自分は一般人と立場が違う、と言いたいらしかった。 「二人で家事をしないのか?」  省吾は訊いた。 「僕は、男ですよ」  菅野は、お前は家事をするのか、と軽蔑するように省吾を見ている。 「まあ、子供ができれば、女は家に居るんだからね・・・」  省吾は調子を合せた。 「子供を持つ気はないです。理恵も働きたいらしいし・・・」 「そうか・・・」  省吾は憤慨した。子供を持つ気がないのはお前だけだろう。お前は、理恵を自分の母親のようにしたいのだろう・・・。 『省吾、こいつはクラリックに洗脳されてる。怒りの感情は悟られるぞ』  マリオンの声が省吾の意識に響き、省吾は答える。 『了解した・・・』  省吾は怒りを抑えた。 「離婚したら、二人はどこに住む?」 「今住んでるマンションは僕の親父の物だから、僕が住みます。  理恵の実家もW区にあるけど、理恵と不仲な兄夫婦だけだから帰れない。  新しい所に移るしかないです」 「慰謝料は?」 「ありませんよ。二人とも合意だから」 「理恵さんの住む所が無くなるんだ」  なんて奴だ。理恵を大切には思わないのか?嫌ってるのか?  省吾はそう思った。  菅野がキッチンテーブルのバーベキューの残りに手を伸ばした。 「新しい物件を探してやりますよ。銀行を通じて探せば、すぐ安く借りられる・・・。  奥さんも田村さんと離婚するって、僕と同じような事を言ってたけど、そうなんですか?」  菅野は省吾を見ないようにしている。  下心が見え見えだと省吾は思った。 『こいつ、ケイコに関心があるぞ・・・』  省吾の意識にマリオンの声が聞えだ。 『わかったよ。マリオン・・・』 「まあ、妻も似たようなもんだね。離婚したいとなれば見境がない。その後の事を考えてない。独りになっても親の遺産がかなりあるから、生活は困らないはずだよ・・・」  菅野へ当てつけのつもりだったが、親の遺産と聞き、 「どのくらいあるんですか?」  菅野は妻の親の遺産に興味を示した。勤務先の銀行に預金させたいらしい。 「父親はキャリア官僚だった・・・」 「離婚するなら、どうして、いっしょに居るんです?」  菅野は何か考えているらしかった。  省吾は、酔って眠っている妻と理恵を見た。 「独りで居られないからだろうね・・・。  菅野さん、今日はうちに泊まればいい。  菅野さんと理惠さんにそれぞれ部屋を用意した。  二部屋に分かれても、一部屋でもいいよ」 「さっき、奥さんからも、理惠と離婚しないのか、と訊かれたんです・・・。  いっそのこと、互いに離婚前提で、妻を交換しませんか?」 『省吾。こいつ、理恵が省吾をどう思ってるか、訊きだしてる。それに酷いマザコンだぞ』 『思ったとおりだな・・・。母親のような存在を欲しいんだ・・・』 「いつから?」 「今から、どうです?」  菅野の返事に、省吾は思わず吹きだしそうになった。 『笑っちゃだめだ。嫌そうに承諾して』 『了解』 「いいでしょう・・・」  省吾は渋々そう答えた。  しばらくすると菅野は理恵と妻を起こして説明した。  理恵は菅野の説明に納得したらしかった。妻は、菅野との同居で省吾と距離ができると考えたらしく、省吾と理恵がどうなろうと気にしていないようだった。  急遽、話がまとまった。後日、荷物を運ぶ予定で、菅野は妻を連れて代行ヴィークルで菅野のマンションへ帰っていった。
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