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追想
──遠く、遠く声が聞こえる。
「×××、あなたはいい子だからお母さんが帰ってくるまで待てるわね?」
顔もおぼろげな女の人が僕にそう問いかける。そっと冷たい手で僕の頭をなでてその女の人は僕のそばを離れていく。その人の顔はもやがかかったようにぼやけていて、遠ざかっていく後姿も蜃気楼のように揺らめいていた。
「×××くんは偉いわね、よく泣かずに見送れたね」
また別の女の人が僕の頭をなでてそっと微笑む。僕はやっぱり自分の身に何が起こっているのかよくわからなかった。
──声が、近づいてくる。
「ミカエラの病気は治らないんですか!?」
「今は、私達には何も…」
「あぁ、ミカエラ……」
さっき遠ざかっていったはずの女の人がベッドに横たわる少年を抱きかかえて涙を流している。やっぱり女の人の顔はぼやけていて、僕はその姿を扉の陰から見つめていた。たくさんの大人がその少年を囲んで涙を流している。
そこに僕の入る隙はなかった。
──また、声は遠のいていって。
「ミカエラ!」
「お母様…?」
「ミカエラ、もう大丈夫よ…よかった…」
どうやらさっきの少年は病に伏していた僕の兄弟らしい。彼が病に伏していたから僕はたくさん、たくさん、お母様に色々なことを教えられていたのか。
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