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主任の肩を叩いたのは、人の好さそうな四十がらみのアジア人だった。黒髪をさっぱりまとめ、体型にフィットしたスーツの生地はつやを放ち、深い茶色の瞳は顔で笑いながらも鋭く主任を見据えている。
「あぁ、高宮さん。こんなところでお会いするなんて。お仕事ですか?」
主任はなんとか平静な表情を取りつくろうことができた。その男は主任の知る限り、今ここでもっとも会いたくない男の1人だった。
その男――高宮は表情を渋くした。まるで主任が期待した反応をしなかったことに落胆しているかのようであった。
「いやなに、月の定期便に沢城さんが緊急の荷物をどっさり放り込んでくれたおかげで、こっちの仕事に支障が出たからね。そのご挨拶といったところさ」
「申し訳ありません。それについては、国と本社の方から補償金があると思いますので、どうか」
月への定期便は人員輸送が1月に一本、貨物の輸送が1週間に1本しか出ていない。その割り当ては前年度に提出された各企業や機関の作業計画を、日本航空宇宙事業団が調整している。今回のような急な変更は、全体の輸送計画に影響を与えかねないため、あまり前例はなかった。
高宮は月の裏側に建設中の月面電波天文台の管理施工を行う技術者だった。彼の怒りは、数年かけてマネジメントしてきた建設計画に、いきなり変更を迫られたのが原因で、結局のところそれは所属する組織のメンツにかかわることだ。
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