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がっしりとした腕で主任の肩を組んだ高宮は、ステーションに1つだけある飲み屋へ留き始めるのだった。
中継ステーション《天橋立》の内部重力波、月と地球の重力の中間に近い3分の1Gに調整されていた。内部気圧は地球と同等の窒素80%、酸素20%の1気圧で調整されているのに対して、重力が弱い値に設定されているのには理由があった。
2020年代から続く月面の開発ラッシュと、低軌道からの人員輸送の経験の積み重ねから、このあたりの強さの重力環境が月に行くのにも、地球に行くのにも、ちょうどいいと分かったからだ。建設の面からは、1Gを支えるための構造よりも、3分の1Gを支える構造の方がコスト的にも設計的にも安く、自由度が高いからである。
《天橋立》の設計段階では内部気圧も、0.5気圧程度に抑えることが検討されていた。真空の宇宙に対して飛び出そうとする1気圧の圧力を支えるよりも、やはり0.5気圧を支える方が簡単な構造にできるからだ。
もっとも、こちらは地球並の1気圧が確保された。地球からの定期便の発着ごとに、内部環境に体を慣れさせるためのプリブリージングを行う事は非合理的だった。《天橋立》のメインの利用者が観光客層であることを考えれば、地球並の環境を整える方が合理的だった。
しかし、重力環境の設定は、それだけが理由ではないとも言われていた。構造的なコスト削減を行うなら、3分の1Gに限定する必要はない。それなら月並みの6分の1Gに設定した方が、後々の行動はとりやすいはずだ。しかし、設計者はかたくなに3分の1Gを譲ろうとはしなかった。
彼の言い分はこうだ。
「どうして、宇宙で月見ができる場所を作ろうとしているのに、わざわざチューブで酒を呑まなきゃいかんのだ。俺は月を見ながら、熱燗を傾けたいんや」
もっとも、この話は宇宙開発技術者の間で繰り返されてきたジョークでしかない。それでも、回転の度に地球と月を映す大きなガラス窓を売りにした飲み屋に居ると、それが真実のように主任には感じられた。
高宮に連れられて店に入ってから、20分余りがたっていた。のらりくらりと追及を避けた主任は、そろそろ退散しようと言い訳を考え始めた。
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