1 九重主任の憂鬱

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 月への旅は70年以上前のアポロのころと、あまり違いはなかった。  《天橋立》と並走しながら、規格化されたコンテナを軌道往還機から受け取っている1隻の船が居た。40メートルに達するトラス構造に燃料タンクとコンテナ、キャビンのモジュールを装着し、その前後に推進系と操縦席を持っている。6本の着陸脚を持った宇宙船が、放熱柵を羽のように広げている様子は、羽ばたいている昆虫によく似ていた。  主任が搭乗した国産の旅客用宇宙船〈つる〉シリーズの1機、〈べにつる〉は、20世紀のフォン・ブラウンでも理解できる化学推進系の主エンジンを噴射して《天橋立》の軌道から徐々に離れていく。加速するたびに軌道高度は上がっていくが、一足跳びに地球と月を結ぶ遷移軌道に乗るためには地球を2周しなければならなかった。  月軌道まで48時間で運び上げる〈べにつる〉には、主任とFSSのパイロット、客室乗務員しか乗っていなかった。船倉は観測機材で埋め尽くされているとはいえ、1回の輸送に燃料費や整備費、人件費が数十億単位で必要となり、さらに軌道航行権の手続きや質量届などを国連の宇宙開発連絡会議に提出しなければならないことを考えると、どれだけの金が動いているのか主任は背筋が凍る思いだった。  ――これで、何もなかったというのは、シャレにならないな。  2回しかないエンジンの噴射時以外の時は、慣性航行だった。はじめての完全な無重力を味わいながら、主任は月に待ち受ける何かに思いを馳せるのだった。
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