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21世紀が折り返し地点をその視野に捉えた2038年。地球は市場と金融の世界的な一体化を通じて、列強と呼ばれる国々の間での総力戦が非常に起こりにくい状態となっていた。船倉は、どんなに短期間の間に大勝利しても、大きな損を生み出すだけの行為となっていた。
しかし、利害関係が複雑に絡み合った世界情勢は、連動性の高まった経済とは異なり、分裂と分極化の道を辿ろうとしていた。2028年、第2次天安門事件を契機にはじまった中華内戦の結果、南北の漢民族による国家と4つの少数民族国家に中国が分裂したのを皮切りに、2032年のEU再編、続く2035年の日本国連邦化と分極化は加速している。EUの再編は域内の経済格差を埋めることができなかったことが原因であった。ギリシャやイタリアなどの国家の経済危機によって進んだユーロ安を利用して、輸出産業の拡大を図っていたドイツへの不満が高まったと言い換えてもいい。
固定化された経済力の差は、大きな民族移動を伴った。高い給料や良好な労働環境を求めた各ヨーロッパ諸国、特に東欧の国々や2018年に加盟したトルコから入ってきた人々は、安い人件費でドイツ人の仕事を奪っていった。結果、ドイツ国内からもEUが目指した域内経済の自由化や移動の自由の制限を求める声が高まった。特にトルコ系の移民に対する反感は、20世紀末からの高まりが最高潮に達していた。
それ以外にも、より強い統合を求めるフランスや、経済支援を求めるイタリア、スペイン、ギリシャなどの国々、そしてEUからの離脱をほのめかすイギリスと北海沿岸国など異なる立場の国々が入り乱れて2020年代以降のEUは混乱の一途をたどった。折からのネオナチと呼ばれる極右政党の各国での躍進は、この混乱の象徴ともいうことができるだろう。
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