2038:a Moon Odyssey

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 国内の仕事を国民に、金も国民に。移民は入れるな。この国土はわれらの民族のものだ。要約すればそういうような主張の高まりが、2032年に締結された新たなEUの協定であるウィーン条約に集約された。この条約によって各国はユーロ導入以来、徐々に権限を失ってきた独自通貨発行権を一挙に取り返すと共に、域内の経済移民について各国独自の規定を定めることを制限付きながら認めた。  このような分極化を促進したのは、皮肉にもグローバル化の名のもとに進められた世界の一体化であった。世界の裏側の人間と自分の家で話せるようになり、1分1秒を競い合って株価の動きを監視し、資源を得るために世界を駆け巡る。そんな風な世界の中で、人々は共通点以上に、違う部分を見ていた。自分よりも豊かな人間の存在を知ってしまった。  なぜ、どうして、俺はお前よりも――そんな風な疑問が飛び交い、冷戦の終結と共ににわかに高まっていた民族・宗教を問わない原理主義と結びつくのに、それほど時間はかからなかった。2001年9月11日の、あのニューヨークの情景が21世紀のすべてを物語っていた。
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