2038:a Moon Odyssey

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 開発の主力は遠隔操作の無人重機だった。杭打機やクローラー、シャベル等のアタッチメントを付け替えることで様々な機能を持たせることができる無人重機は、月の表面を縦横に駆け巡り、コンクリートを流し、モジュールを配置していった。太陽光発電によって得られた電気をマイクロ波が個別に送信して、彼らは四六時中働き続けた。最初の5年間、月にいる日本人の多くは、この無人重機のアタッチメントを交換し、整備するための整備士たちだった。  予定よりも1年ほど遅れた2031年、第1期拡張工事が終了した。初期のみすぼらしい掘立小屋に近い構造だった基地は、コンクリートの壁面とセラミックのドームに覆われた重厚な建物となっていた。基地の一部は、クレーターの稜線が落ちる斜面を利用して地下方向にも建造物が伸びて、さながら崖にぶら下がる街のようでもあった。  2030年、第6次宇宙開発5ヶ年基本計画に基づいた工事が、かぐや基地の建設と並行して始まった。計画終了年の2035年までの間に、ティコクレーターには3基の小型核分裂炉が稼働し、4ヶ所のコンクリート打ちの発着施設が設置され、240人の研究者や技術者が常時活動可能な複合基地が完成した。次の5年間、第7次計画では1000人規模の開発拠点を設置するための工事が行われている。開発は地表ではなく、クレーターの地下構造に延びていた。  視界が180度回転し、背中からわずかな重みを感じた。〈べにつる〉が月に着陸するための減速を開始したのだ。地球から月へと向かう修正ホーマン軌道の中で必要とされる噴射のうち、2回目の噴射だ。わずかな加速と減速によって目的地へと到達できる修正ホーマン軌道は、1925年の発表から1世紀以上たった今も、宇宙機の軌道を決定していた。  核融合エンジンが開発されるまでは変わらないだろう、長い航宙の間に疲れていた主任の頭がぼんやりとそんなことを思った。宇宙機の軌道は推進剤の噴射速度が半分の決定要素だ。現行の月旅行に使用される化学推進機関や電気推進は、十分な噴射速度を発揮することは出来なかった。
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