Ⅳ 抱擁

5/9
前へ
/40ページ
次へ
「ど、どうして私、そんなことを……」 動揺する杏子を見て、乙黒は告げた。 「おそらくアンタじゃなくて 『高崎柚子の意識』だろうな」 「え……? 柚子お姉ちゃん……?」 驚きを隠しきれない顔で杏子は乙黒を見つめた。 「この世から柚子さんを亡くしたくないアンタが、 自らの中に『双子の姉である高崎柚子の意識』を 無意識下に作り出していた……」 「……お姉ちゃんの意識……?」 「『柚子さんの意識』は アパート202号室を 自分の部屋だなんて思っていない。 だからアンタの意識が無くなる睡眠時に、 目覚めた『柚子さんの意識』が この実家へと帰省するようにできていた」 冷え切った空気が暗い部屋を覆っている。 遠い昔に輝いていた双子姉妹のこの部屋は、 今や残された妹の寂しさを紛らわす砦として存在していた。 「お姉ちゃんじゃなかったんだ……」 「……あ?」 「足音の正体、お姉ちゃんじゃなかったんだ」 「ああ。そうだ」 杏子の瞳から一滴の涙が零れた。 静かに涙を流し、杏子は蹲った。 霧島は心配そうに駆け寄る圭子を見て、 残された親子を見守ることしかできないでいた。
/40ページ

最初のコメントを投稿しよう!

67人が本棚に入れています
本棚に追加