第1章

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どんよりと曇った山道を、車はゆっくり進んでいく。 後部座席に座った、一見アイドルのような風貌の黒いスーツを着た柏木博史は、真っ直ぐ前を見つめていた。 運転してくれているのは、今回別荘に招待してくれた資産家・山内豪のシェフである野崎真也だった。 山内の別荘は、一番近くの駅から車で一時間。そして、自家用車で別荘まで直接来ることを禁止している。なので、客人がある時は野崎が迎えに行くことになっている。 「不便な所ですね」 柏木が何気なく呟いた一言に、野崎は苦笑した。 「まあ、訳ありの別荘ですから」 「訳あり・・・ねえ。ところで、僕の他にお客さんはいるんですか?」 「はい。柏木様の他に四名いらしゃいます」 そんな会話をしていると、山の頂上に二階建ての横に長いビルのような別荘が見えてきた。 「変わった別荘ですね。アパートみたいというか」 しげしげと眺める柏木に、野崎はまた苦笑するしかない。 「お客様と会われるためだけの建物ですから」 やがて車は建物の玄関前で止まった。 野崎が後部座席のドアを開け、柏木は優雅に車から降りた。背はさほど高くないが、その姿は様になっている。 野崎に荷物を持ってもらい、柏木は玄関のドアを開けた。 玄関を入ってすぐは大きなエントランスホールになっていた。奥の中央に階段があり、二階に上がれるようになっている。 階段の左脇にあるのが山内の書斎、右脇がお手洗いになっていた。 丁度、そのお手洗いから背の高い、やはり黒いスーツを着た男性が出てきた。 柏木と眼が合うと、明らかに敵意を向けてきた。 「野崎さん、そちらは?」 低音の声で男性が訊いてきた。 声も特徴的だが、顔もモデルばりの美形である。 「こちらは柏木博史様です。柏木様、笠原隆様です」 おずおずと紹介する野崎に、笠原は値踏みするように柏木を見つめた。 「どんな手を使ったんだか」 笠原はそれだけ言うと、階段を上がって行った。 「すごい美形ですねえ」 一方の柏木はのんびりと野崎にそんな事を耳打ちしていた。 「笠原様は有名なテノール歌手ですよ」 至って普通の風貌の野崎はその話題には乗らず、別の情報を教えた。 「ふうん。でも、なんか嫌われたみたいですね」 柏木は笠原の後姿を、なんとなく見つめた。
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