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最後の力を振り絞って放った魔王の炎も、勇者には通用しない。強大な支配の象徴であった玉座を、自ら焼き落とすばかりだった。
「どうした勇者よ、とどめを刺さないのか。まさか、今更この私を殺すことに躊躇いはあるまい?」
地に膝を突き、痛みに引き攣る口角を必死に引き上げ、魔王は未だ笑顔を作る。
張りぼての余裕。勇者はその哀れな姿を冷たく見下ろしながらも、手にした剣をすっと鞘へと収めた。
「お前の魔力は封じた。二度と悪さは出来ない。故に、命は取らない。後は、お前ならどうにかするだろう」
「よく言う。魔力を奪い、深手を負わせた今、私が助からぬことくらい、わからぬお前ではないだろう?」
喘ぎ喘ぎ笑う魔王に、勇者が返事を返すことはない。怖気をも感じさせる無表情の裏で、彼は何を思うのか。
彼自身の思いを一切表さないまま、勇者はすっと踵を返し、滅び行く城から、魔王から、背を向け歩き出した。
炎の勢いが強まる。
支えを焼かれた魔獣の剥製が壁から剥がれ、鈍い音をあげて床に落ちた。
炎に包まれ、色を形を歪めていく魔獣の生首。横目にその様子を見ながら、去りゆく青年に魔王は短く一言、小さな声で投げかける。
「意外に短いものだったな、十年とは」
「……お前に虐げられた人々にとっては、長い時間だった」
勇者は振り向かず、しかし今度は背中越しの言葉を返す。地這いに延びる炎が、その背中を徐々に隠していく。
「話は終わりだ。さよなら、魔王……いや、父上」
姿はもう見えなかったが、その言葉は確かに魔王の耳へと届いていた。
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