そして伝説は始まった

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魔王の居城を前に、私は呆然と立ち尽くしていた。 「これ……は……」 子どもの頃からその恐ろしさを聞き伝えられて育ち、また遺した爪痕を目の当たりにしたこともある。体の芯まで刻み込まれた恐怖、まさにその元凶の根城へ乗り込もうとしているのだ。度胸はある方だと自負してはいても、怖くないと言えば嘘になる。 だが。 それ以上に、私の目の前にあるその建物は、私の想像をあまりに軽く打ち砕く姿で、静かに佇んでいた。 「普通の、一戸建て……?」 なんということでしょう。 匠の手によって造られたと感じざるを得ない、小粋ながらもシンプルな外観、冬の豪雪にも耐えうる頑丈な屋根、洒落た小さな段の先にある玄関扉。実にお洒落だが、どれを取っても一般の家屋にしか見えない。 庭はよく手入れされて花も植えられ、外観を損なわせない色どりで可憐に咲いている。おまけに、設置された可愛らしい仔猫の置物。 表札にはご丁寧にも、しっかりとした読みやすい字で『魔王』と書いてあり、ここが魔王の住む城……もとい、家であることを疑いようのない事実として認めさせている。 魔王って肩書きじゃなく本名なのか……? 予想の遥か上を(むしろ下を)行く魔王の住処の有り様に、私は王様に貰った地図を何度も見直しながら立ち尽くしていた。 「本当に、魔王の……?」 そもそも、立地からおかしい。 地図により示された場所は、帝都から直通の列車で約三十分、降車駅から徒歩約五分。都会の喧騒から程よく離れつつも、商店・娯楽施設などの各種施設も適度に揃う、住み良い郊外の町だ。 このような場所だから、まずは仲間がいるとか、何かしら協力者の元へと遣わされたのかと私は考えていた。手ぶらで協力してもらうのも心苦しいと、手土産の菓子折りも持ってきた。だのに、まさかも過ぎるこの状況だ。 誰がこんな一等地に居城を構えていると考えるだろうか。人の家にケチを付けたくはないが、相手が相手だ。魔王を名乗るなら魔界とか地獄とか、もっとそれらしい場所があるだろうに。
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