六章

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 決して人を傷つける匂いではない。  人間は何かを求めるとき、リスクを考えない節がある。  また、リスクを考えすぎて机上の空論となりやすいこともある。  考えていると意識が暗くなる。その気持ちすら安定させるための匂いも度を越せば毒にしかならない。金になるのは一瞬だ。  神埼には、わからない。  全てがうやむやの中にある。  何かを求めるなら、酒や煙草でことが足りてしまう。  それでは飽きたらないと賭け事をし、負けた時に己の浅はかさを垣間見る。  薬を使うも使わないも個人の意思とはいえ、怖い世の中になった。  今に酒や煙草でさえも規制の対象となるのではないかと考えて、神埼は空に浮かんだ月を見る。  夕暮れの空に掛かる雲を背景に、月はぼやけていた。  墓の空気はすこぶる重い。  暗い夜への道筋を淡々と辿る。  神埼は、十字架をあとにした。  辺鄙なところにひっそりと作られた寺を出て、バイクで事務所に帰るのだ。  ふと、数年前に起きたバス事故が頭を過る。  夜子との小さな約束を思い出す。  いつか一緒に旅をしよう。  自分から告げた短い言葉を、神埼は忘れようとしていたことに気が付いた。  それが何時からなのか、どこからなのか。
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