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 九月。  この時期は文化祭が盛り上がる。  亜希は国語科準備室にやってくると、ファッションモデルのように、入り口付近でくるりと一周してみせた。 「……ねえ、久保セン、これ、どうかな?」  あの年の3-3の催し物は「喫茶店」で、男子はウエイター姿、女子はメイド姿をしていた。 「ねえ、久保センってば。」  久保はその声に首だけ振り返ると「文化祭の衣装か?」と訊ねる。 「うん、さっき出来上がったから早速着てみたの! 似合う?」  そう言って笑う亜希は、夕陽に照らされて、にこにこしている。  しかし、久保はあまりそれに見入らないように気を付けると、一言、「馬子にも衣装だな」と返して、元の事務机へと向き直った。  ――素っ気ない態度。  納得いかない亜希は一歩奥へと進むと、久保に近付く。  そして、ちらりと国語辞典を見つめると、「……孫?」ととぼけてみせた。 「久保セン、いつからお爺ちゃんになったの?」  すると、久保は眉を片方ぴくりと上げて振り返る。 「――あのねえ。孫じゃなくて、馬子だ。漢字が違う。」  それに気を良くした亜希は、更に首を傾げて「じゃあ、どういう意味?」と訊ねる。  ――ふわふわ。  ――ゆらゆら。  亜希が動くたびにスカートは風を孕んで揺れ、その可愛らしさを強調する。  亜希はいつものように久保に構ってほしくて近付いたが、久保は再び素っ気なく本棚を指し示すと「辞書を引け、辞書を」と答えた。 「えーッ、教えてくれたって良いじゃん。」  ――あと少し。  ――もう少し。  この時間を楽しみたい。  しかし、久保は首を横に振ると、「自分で調べないと身につかないだろう?」と諭すだけだった。 「チェーッ、久保センのけち。」 「はいはい、ケチで結構。用はそれだけか?」 「――そうだけど。」 「……なら、出ていきなさい。」  ――冷たい態度。  久保はくるりと亜希に背を向けると、忙しそうな振りをする。  亜希は唇を尖らせると、久保の指差した国語辞典を手に取り、パラパラとページをめくった。 「――進藤。」  振り向かないままに久保に咎められる。 「……辞書で調べてるの。」  ムッとしながら答えると、久保が黙り込む。  ――険悪な雰囲気。  辞書の事務的な文字の羅列を見ても、何も頭に入ってこない。
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