5人が本棚に入れています
本棚に追加
(……やっぱり、止め、止めッ!)
まだ四月上旬なのに、ぱたぱたと手で扇いで、上気した顔を冷ます。
胸がドキドキして心臓が保ちそうにない。
(……久保センは、久保センだったから良かったのかも。)
きっと久保が学生だったなら、大学に進めなかっただろう。
職員室のドアの前でしばらく百面相をしていた亜希だが、何とか心を落ち着けるとドアを開けた。
中では郡山がまだ仕事をしている。
「お疲れさまです。」
そっと中に入ったのに、くるりと体の向きを変えると、郡山は嬉しそうに笑顔を見せた。
「進藤先生、お疲れさまです!」
ニコニコと笑う郡山に亜希も朗らかに笑みを返す。
(郡山先生は平気なんだけどな……。)
軽く会釈して、出勤表へ近付くと、「掃除は終わりましたか?」と訊ねられた。
「ええ、お陰さまで。」
久保と話す時のような動悸はなく、落ち着いて対応出来る。
反対に郡山は落ち着きの無い様子で亜希を見た。
「――あ、あの!」
「はい……。」
「明日か明後日なんですが、空いてますか?」
郡山の頭の中では「鉄は熱い内に打て」と言う諺が頭の中をぐるぐるする。
――何としても、学校の外で会う切っ掛けが欲しい。
――久保よりも早く。
「……明日か、明後日ですか?」
「ええ。」
亜希はやや勢いに飲まれながら、「今のところ予定は空いています」と応えた。
「――本当ですかッ?! それなら、ぜひ空けておいてくださいッ!」
「何かあるんですか?」
「そ、それは『お楽しみに』って事で。」
「お楽しみに?」
嬉しそうにする郡山に対して、亜希はしばらく首を傾げていたが、何か思い立つとポンと手を打った。
「あの、それって明日でも良いですか?」
「――へ?」
亜希の方から、そう言われるとドキドキとしてくる。
「もちろんッ!」
しかし、亜希の次の一言で郡山はがっくりと肩を落とした。
「良かった、石松先生にもご挨拶出来そうで。」
「へ……?」
郡山が言い淀むと、亜希は怪訝な顔をする。
「――歓送迎会じゃないんですか?」
覗き込むように見つめられると、何も言えなくなる。
郡山は少しがっくりとしながら「そんなところです」と答えた。
「――みんなにはバレてるのは、秘密にしておきますね。」
そう言って、シィッとジェスチャーをする亜希の可愛らしさに嬉しいような、残念なような心地になる。
最初のコメントを投稿しよう!