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「どうかしたの?」 「……した。でも、言ったら笑われるから言いたくない。」  もやもやとした気持ちが胸の中を渦巻く。 「笑わないよ。」  それだけ言うと、亜希は黙ったままで、じっと見つめてくる。  もう一度「どうかしたの?」と訊ねられるより、こういう時の沈黙は雄弁だ。 「そんな目で見るんじゃありません。」 「見てもダメなの?」 「目は口ほどに物を言ってる。」  昔と変わらない調子で亜希がむくれると、久保は観念したように肩を竦めた。 「……分かりました。話しますよ。」 「勿体つけないで早く教えてよ。」 「はいはい。」 「『はい』は一回だよ。」  そう言いながら、顔を綻ばせて、無邪気に腕に絡んでくる。  自分に心を許しているのかと思うと、可愛く思えて、胸の内のもやもやなど忘れてしまいそうになる。 「――さっき、郡山が職員室で浮かれてたんだ。一緒に呑みに行くのを二つ返事でオーケーしたんだって?」 「――早耳だね。聞いてたの?」  亜希の悪怯れない様子に、再びムッとする。 「うーん、バレてるの内緒って言ったけど……、聞かれちゃったなら仕方ないよね。」 「……は?」 「明日、歓送迎会してくれるんだって。」  思わず眉間に皺を寄せる。 (……相変わらず、警戒心無さ過ぎ。)  危なっかしいなと思いながら、「それに付け込もうとしている自分も同類か」なんて考えて苦笑いをする。  一方、亜希はその横で久保の気も知らないままに、ニコニコとしていた。 「だからね、明日にして、石松先生も呼んで貰おうって思って。」 「はい?」 「『歓送迎会』にしてもらったら石松先生にもお礼が出来るよね? 久保センも来てくれる?」 「それ、郡山にも言ったの?」 「うん!」  無邪気な笑顔に、若干、郡山を不憫に思いつつ、亜希の頭にぽんぽんと触れる。 「――了解。」  久保から不機嫌さも消え、ふわふわした心地のままで案内されて車に乗り込む。  街灯に照らされて、久保の横顔は、光と影のコントラストで彩られる。  それが二人きりなのを強調するみたいで、急にそわそわとしてくる。  大通りに出ると、ラッシュアワーなのか、思っていたより混んでいて、心臓がいくつあっても足りない心地になる。
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