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助手席を見ると憤慨しているのか、亜希は顔を背けて、耳まで真っ赤にしている。
久保は眉間に皺を寄せた。
「――進藤、悪かった。これじゃあ、八つ当たりだよな……。ごめん。」
びくりと亜希の肩が震えて、亜希が哀しそうな表情で自分を見つめてくるから、久保は眉を八の字にした。
「……本当、ごめん。聞かなかった事にしてくれ。」
「『聞かなかった事に』?」
「――ああ。」
「聞かなかった事になんて出来ないよ……。」
そうぽそりと呟いて亜希がむくれる。
一触即発な雰囲気に、息が詰まりそうだ。
「私、嬉しかったのに。」
「……ん?」
「亜希って呼んでくれて。」
それが嫉妬からくる八つ当たりだったとしても。
好きな人に初めて名前で呼ばれて嬉しかった。
「……もう一度、ちゃんと呼んでくれる?」
今度は久保が目を泳がせる。
「……あ、あの。それは、だな。」
そう言葉を濁すと一気に亜希以上に赤くなり、右手はハンドルのまま、左手で口元を隠すように覆う。
「……それは?」
亜希が瞬きもなく、じっと見つめてくるから、久保は気が動転して、車の運転どころじゃなくなってしまった。
「――ひとまず、車、止める。」
いまいち働かない頭でそう答えて、ハザードランプをつけると、路肩に車を寄せ縁石ギリギリに車を止める。
心臓がピョンピョンとウサギ跳びをしてる。
そして、ハンドルに頭を垂れて凭れると、動悸が治まるのを静かに待った。
「……貴俊さん?」
亜希の自分を呼ぶ声に、むくむくと亜希を欲しがる気持ちが大きくなっていく。
深呼吸をしても、なかなか顔をあげられない。
(……勘弁してくれよ。)
この気持ちをちゃんと伝えて、彼女にきちんと受け取ってもらうまでは「進藤」と呼ぼうと思っていたのに。
本人を目の前にすると、どうも思っているようにはうまくいかない。
久保はぐっと奥歯を噛み締めると、深く深呼吸をした。
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