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亜希は辞書を片手に持ったまま、国語科準備室入り口近くの椅子に座ると、面白くなさそうに脚をブラブラとさせた。
「――進藤。」
もう一度、久保に咎められる。
「ここは遊び場じゃないぞ?」
その言葉にカチンときて、無言で返す。
「進藤、聞いてるのか?」
そう言って振り返ってみると、亜希は既に固定席と化している入り口横の椅子で膨れっ面をしていた。
久保は思わず苦笑いを浮かべる。
「……なんて顔してるんだよ。」
その言葉に亜希は、やはり無言のまま、上目遣いに睨んでくる。
――流し目。
――尖らせた唇。
久保は吸い寄せられるようにOAチェアから立ち上がると、亜希の傍へと向かった。
近付くほどに、普段とは違う亜希の服装に目がいってしまう。
――サーモンピンクのスカート。
――白いハイソックス。
その合間からチラチラ見える小麦色の肌に心は騒ぐ。
――危うい雰囲気。
久保は亜希に近付く歩みを止めると、亜希が手にしていた辞書を取り上げるようにして奪い、「ほら、戻りなさい」と促した。
「……久保センの、いけず。」
「――あのねえ。」
急に大人びた亜希の色香に誘われる。
まるで蕾が花開く直前の甘く痺れるような香りに。
久保はじっと亜希を見つめると、やや間を置いて「挨拶は『いらっしゃいませ』だよな?」と訊ねた。
「うん、そうだよ。 何で?」
「ん、ちょっとな……。」
この格好の亜希に「お帰りなさいませ、ご主人様」なんて言われた日には、なけなしの理性が瓦解する。
久保はそれ以上、亜希の姿を見るまいと辞書を本棚に戻しに行くと、手元の腕時計をちらりと見る仕草をした。
そして、事務机の上の資料をおもむろにまとめだす。
「――久保セン、どうしたの?」
驚いた様子で亜希が訊ねてくる。
「ん? 進藤が出ていかないから、俺が出ていくんだよ。」
「ええッ?!」
「悪いけど、今日は重要な会議があって、急いで資料を作らなきゃならないんだ。」
そんな物はないのだが、きっとそうでも言わないと、亜希は納得してくれまい。
「そうなの?」
「……ああ。」
すると、亜希は「そうなら早く言ってよね!」と勢い良く椅子を立ち上がった。
「進藤?」
「良いから、仕事を続けて。」
そして、くるりと踵を返すと、「失礼しました」とドアを出ていった。
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