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――これなら。
この心の乱れを気付かれずに済む。
久保は安堵して、手にした資料を机の上へと置いた。
「――あッ、そうだ!」
びくりとして振り返る。
そこには亜希が戻ってきて顔を覗かせていた。
「な、何だ……?」
「あのね、猫耳タイムには来てね!」
あまりに爽やかに亜希が「猫耳タイム」だなんて言うから、一瞬、面食らう。
「――は? 猫耳タイム?」
「うん、この格好に加えて猫耳カチューシャ着けて、客引きするの。」
そして、「いらっしゃいニャーッ」と甘えた声を出しながら、招き猫みたいに手招きする。
久保は「んなッ!」と叫ぶと、その勢いで思い切りむせた。
「ちょ……ッ、久保セン?!」
――まるで、ジェンガの抜いてはいけないピースを抜くような心地。
よこしまな感情を振り払おうと、頭をぶんぶんと横に振る。
「――大丈夫?」
その声には答えられずに、激しくげほごほと咳払いを続ける。
亜希は久保の背中を擦りながら、「お水、持ってこようか?」と訊ねた。
「……いや、大丈夫。」
そして、痛む喉のまま、「何だって、そんな企画が持ち上がったんだ?」と訊ね返す。
すると、亜希は「えーっとねえ」と前置きすると、言葉を選んで話し始めた。
「3-5でカフェをやるって、久保センも知ってるよね?」
「ああ、そんな事、言ってたな。」
「何でも、そこでね、『寺田屋タイム』をするって話が出てるの。」
「――寺田屋タイム?」
「うん、新撰組に扮した男子生徒たちがチャンバラショーをするんだって。」
二つ隣に喫茶店の模擬店があるだけでも客足が心配されるのに、イベントが話題になって3-5ばかりにお客さんが集中するのは困る。
「――それでね、うちのクラスでは、対抗して『猫耳タイム』をやる事にしたの。」
「へえ……、それで『猫耳タイム』ね……。」
しかし、そう言いながらも、久保は眉間に皺を寄せて、思い切り険しい顔をする。
亜希は小さく首を傾げた。
「……どうかした?」
「ああ……。その話、俺、一切、報されてないんだけど?」
「うん、今、報せに来たんだもん。」
そう言って亜希はくすくすと笑う。
「3-5にばれちゃうとね、また別のイベントを催されちゃうから、箝口令が引かれてたの。」
「……だからって、俺まで内緒にする必要はないだろう?」
「でも、敵を騙すには、まずは味方からって言うし。」
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