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こんな気持ちを抱いたまま、彼女の傍にいる事が苦しい。
久保は少しでも亜希と距離を置きたくて、OAチェアに座ると背を向ける。
そして、「模擬店巡りするなら、俺なんかじゃなくて、彼氏でも作って回って来た方が楽しいんじゃないか」と口にした。
「――彼氏?」
「ああ。気になる奴いないのか?」
亜希は真顔になって、押し黙る。
「そんなのいないよ。」
「そうか? 内田といつも楽しそうにしてるじゃないか。」
亜希はムキになって、「内田とはそんなんじゃないッ」と叫ぶ。
驚いた久保は椅子に座ったまま、振り返った。
――泣きそうな顔。
亜希は哀しそうな瞳で、キュッと唇を噛み締めている。
――何か言いたげな表情。
沈黙が二人の間に横たわる。
――まるで時が止まったかのように。
久保は真っ直ぐに見つめてくる亜希の視線に耐えられなくて、すっと視線を外す。
亜希はその事が哀しくて、必死に肩が震えるのを堪えた。
――分かっている。
自分にとって久保は「特別」でも、彼にとって自分は「特別」ではないだけ。
そう理解しているのに、心が納得してくれない。
「――久保セン。」
「何だ……?」
冷たい仕打ちに胸苦しくなる。
「――私、そんなに迷惑?」
そう口にしてから、ふと我に返ると、首を横に大きく振った。
「ごめん……、何でもない。」
たとえ「迷惑だ」と言われても、自分の中の「傍にいたい」と言う気持ちが無くなるわけではないのに。
「亜希ーッ? どこぉーッ?!」
ちょうど紗智の呼ぶ声が聞こえてきて、亜希はその場を逃げるようにして、立ち去った。
残された久保は唇をきつく噛み締める。
――ずっと傍に置いておきたい。
あどけなさの残る未熟なままの彼女を手に入れて、誰の目にも触れられないように隠してしまいたい。
狂おしいほどに愛おしくて、胸が張り裂けてしまいそうだ。
――でも、出来ない。
久保はさっきまで亜希の座っていた椅子に腰掛け直すと、その場で頭を抱えた。
――あと半年。
どんなに突き放しても、気が付くと亜希はするりと心の内側に入り込んでいる。
何度、拒んでみても、封をしたはずの想いは、扉の隙間から滲むように染みだしてきて、久保を煩悶させる。
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