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『――私、そんなに迷惑?』
あんな事を言わせたかったわけじゃない。
むしろ許されるなら、この想いを解き放って、彼女を手に入れたい。
――今だけでなく。
――これから先もずっと。
久保は小さく体を丸めると、竜巻みたいに激しく渦を巻く想いが収まるのをじっと待った。
そして、それが徐々に収まってくると、急に亜希のいない部屋の広さに淋しさを覚える。
(進藤が卒業したら、そうしょっちゅう会う事もなくなるんだよな……。)
亜希のいない日々を想像するだけで、哀しくて堪らない。
ましてや、さっきみたいな表情をされると、胸が潰れる思いがした。
――傷つけたいわけではないのに。
――うまくいかない。
(模擬店巡りくらい、オーケーしてやれば良かったかな……。)
そう思う反面、「これ以上、近付いてはいけない」という気持ちも起こってくる。
これ以上、近付いたなら、きっと心の封が解けてしまうだろう。
(……それは、ダメだ。)
彼女の未来には、まだ見ぬたくさんの新しい出会いが用意されている。
――大学。
――会社。
――他にももっと。
高校という狭い鳥かごの中ではなく、亜希はもっと広い世界へ飛び立っていく存在だ。
(俺なんかが、束縛して良いわけがない……。)
顔を手で覆い、はあと重いため息を吐く。
――またしても、感情がうまくコントロールできない。
それが酷くもどかしい。
(顔、洗って来よう……。)
そうでもしないと気持ちの整理は出来そうになくて、国語科準備室を後にすると、廊下を出てすぐ近くにある水道へと向かった。
蛇口を捻ると、温い水が流れ出す。
久保は暫く水を出しっぱなしにしながら、目の前の窓越しに広がるグラウンドを眺めた。
誰とまでは分からないが、遠くに野球部の姿も見える。
(内田、か……。)
久保はその姿にエースである内田の事を思い起こすと、ため息を吐いた。
黒板前で授業をしていると、生徒より視線が高い分、彼らの関心が何に向いているのか、良く見渡せる。
もちろん内田も例外ではない。
――通路一本分の距離。
それさえ、もどかしいと言わんばかりに、内田は亜希に視線を向ける。
そして、その視線に久保はいつも胸が騒ついた。
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