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最後の意識を手放そうとした、
その時だった。
優しい風が吹き、倒れる男の頬をかすめた。
男が重い瞼を開けると、
視界に
薄紫の薊の花が目に入ったのだ。
その薊は、たった一輪だけで、
戦地にぽつりと咲いていた。
美しい花弁とは不釣り合いなトゲの多い苞をあわせ持つその姿が、
ある青年と重なって見え、妙に愛おしく感じた。
男は、無意識に重い体を動かし、薊に手を伸ばした。
掴んだ瞬間、チクリとトゲが刺さり痛みを感じた。
その痛みすら、なぜか愛おしく感じた。
薊に重なるその青年が、
大きな瞳を優しく細め、頬にえくぼを作って微笑んだように感じた。
そして、その青年は、男の名を呼んだ。
「トシさん」
名を呼ばれた男は、
最後の力を振り絞って、不器用に笑みを浮かべた。
穏やかな気分に満たされ、
そのまま、男は意識を手放した。
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