第1章

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 腕の中の小さな存在を強く抱きしめる。    吐き出す息は震えていた。 18  文化祭当日は八幡と鞍馬、杏で見て回る事になった。鞍馬はもちろん杏と二人で見て回りたいと思っていたのだが杏が三人で回りたいと言い始めたので、渋々了承した。  基本的に雑用係に徹していた三人のグループは当日は特にする事はなく、売り子にほとんどをまかせて文化祭が楽しめる。その分準備期間の間は、本格的なパシリになっていた。鞍馬にとっては何かのバシリになる事が初めてで、最初はイラついてどうしようもなかったが、その雑用を喜んでやっている杏を見ていると、自然と気分が和んだ。八幡は何を言われてもニコニコと請け負ってきて「ごめん、また仕事もらってきちゃった」と言っては鞍馬を怒らせていた。  ただ、クラスメイトが八幡や鞍馬にではなく、直接杏に仕事を押し付ける事が何度かあった。それは鞍馬に言うのは威圧感があり過ぎて言いづらいし、八幡も八幡で、自分達が本当にキャパオーバーになりそうな時にはきっちりと断っていたからだ。    その分、何もわからない杏にお願いするとなんでも了承してくれるので扱いやすかったのだろう。杏がお仕事お願いされたよと、持ってくるたびに八幡と鞍馬は内心クラスメイトを絞め殺してやりたい気分になっていたが、杏には一切悟らせる事なくその仕事をこなした。  本来なら当日にも仕事はあったのだが、明らかに面倒を押し付ける気なのがわかっていたので八幡がやんわりと断りをいれた。 「人がいっぱいだね。すごいね、すごいね!」  頬を紅潮させて杏がキョロキョロと周りを見渡す。まるで初めて文化祭を楽しむかのような行動。ぴょんぴょんと跳ねるように歩き、興味があるものがあれば駆け出すようにして飛び込んでいく。鞍馬と八幡は杏を見失わないように後ろをついて歩きながら、杏の微笑ましい行動を苦笑しながら見守る。 「杏ちゃん、楽しそうで良かったねぇ鞍馬」 「あぁ」 「鞍馬、結構色々我慢してたもんね。杏ちゃんいなかったらやらないんだろうなーって思うような事まで、文句一つ言わずに頑張ってて俺見直しちゃったよ」 「お前に見直してもらう必要はないけどな…でも正直助かったよ。お前がいてくれて」 「なんで?」
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