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けれど、杏と一緒に色々な事に取り組んで、他人に対する見方が自分の中でゆっくりと変わっていくのがわかった。疑心暗鬼だった気持ちは、ゆっくりと解凍されて、他人に頼る事ができた。利用するのではなく、頼る。これも今まではやってこなかった事だ。
誰かに頼ろうとする自分は嫌いだった。誰かの支えがないと立っていられない弱い人間にはなりたくはなかった。
だから、誰かに助けて欲しいと思っても絶対に誰にも言った事はなかった。もちろん家族にも。
何かに頼って、その支えが無くなった時に、自分がよろける事がすごく怖かった。
一度ぬるま湯につかってしまったら、そこから這い出すのがどれほど大変かを、鞍馬は知っていた。だからこそ、他人と関わる事が怖くて仕方がなかった。
人を見下して、自分が上であるように振る舞う。それは微かな優越感と、そして安心感を与えてくれた。自分は一人でも平気、誰の手を借りなくとも立っていられる。お前らとは違う、自分はまどろんだりはしないのだと。
けれど、今になってようやく鞍馬は気がついた。その行動が既に弱かったのだと。
誰かに傷つけられる前に、自分から傷つけて、自分を守る事に必死になっていた。しかし、誰もがその不安を抱えて他人と向き合って関わっていくのだ、生きている間は。
杏は誰に対しても素直で、最初のきっかけさえ掴めれば誰とでも仲良くなれる。今までそのきっかけがなかっただけで、今回の事で、きっと杏はクラスメイトに一員として認められただろう。
純粋で、何者にも染められず、自分を持って杏は生きていく。慈悲深くて、誰よりも相手の痛みがわかる。
鞍馬には縁遠い存在。しかし杏は鞍馬の隣を一番に望んでいる。
閉会の儀も終わり、周りの人間は蟻の子を散らすようにバラバラになっていく。
鞍馬は杏の手を握り、学校の裏手に引っ張って行った。杏は突然の鞍馬の行動に、驚いた顔はしたものの、大人しく後についてきた。
鞍馬が連れてきた場所は、杏と鞍馬が最初に出会った場所だ。あの時と、今の自分の差に、鞍馬は無意識に笑顔になる。
「杏ちゃん、ここ覚えてる?」
掴んだ手を離さないまま、鞍馬は杏の顔を覗き込んで訪ねる。少し奥まった場所にあるこの場所では、杏と鞍馬を静寂だけが包み込む。
「覚えてるよ?ここね、義人が怒られてて、それで、僕と会った場所!」
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