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「お願いだから、俺との時間を無かった事にしないでね。俺には杏ちゃん以上に大事なものなんてないから。だから、俺が何をしても、嫌いにならないで。俺の事を…忘れようってしないでね…」
「義人…?泣いてるの?どこか痛いの?」
「痛い。胸が、痛い」
杏はゆっくりと両手で鞍馬の顔を包み込むと「痛いの痛いの飛んで行け!」と真剣な顔で呪文を唱え始めた。鞍馬は笑顔で「痛くなくなった…」と答える。
「義人の痛い胸は、僕が変わってあげる。僕は痛くても平気だもの。きっとすぐに僕に移るよ!大丈夫だよ!」
喉が鳴る。嗚咽を隠す事ができない。杏が目の前にいるのに、滲んでよくわからない。
義人は杏の額に自分のそれをあてて、囁くように「こんなに辛いのに、なんでこんなに幸せなんだろうなぁ…大好き。本当に、死ぬ程好き」と呟いた。
杏もそれに習うように「僕も大好き」と繰り返す。
鞍馬は「ありがとう」と小さく呟いて、杏を固く抱きしめた。
次の日、杏が学校に来てみると、そこに鞍馬の姿はなかった。
朝礼は静かに行われ、響く声は、鞍馬は転校した、と淡々と告げる人の声だけだった。
了
「義人が転校って、なんで、です、か?」
静寂を切り裂いたのは、掠れるような声。義人が転校? 転校って? 義人がいない?
周りの音が一瞬聞こえなくなり、続いて胸が跳ねるように動き始めた。
「先生?なんで義人いないんですか?義人、すぐ帰ってくる?」
教卓に立つ人影が、ぼやけて見える。爆弾を投下した教師も居心地が悪そうに渋面を浮かべ「お前知らなかったのか…」とこぼした。
聞いていない。昨日義人と話をしていた時に、いなくなるなんて一言も言っていなかった。義人が自分に何も言わずにいなくなるわけがない。いや、自分の側からいなくなるはずがない。震え始めた両手を、杏は固く握りしめた。泣いてしまったら、義人が悲しむ。自分が泣くのは嫌だと言っていた。だから泣いては駄目だと唇を噛み締める。
側に人の気配がして、杏はゆっくりと横に顔を傾けた。そこに立っていたのは八幡で、八幡も教師と同じように、痛みを堪えるような顔をしていた。そんな顔をなんでしているの?
「ねぇ、なんで、いない、の?」
「杏ちゃん…」
「ねぇ…」
杏は震える両手で八幡に縋り付くように、制服の裾を掴んだ。八幡はその手をそっと宥めるように握りしめる。
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