第1章

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 杏を好きで置いていくような奴じゃない。関わり始めたのが最近でも、それぐらいはわかる。いや、わからないほうがおかしいくらい、鞍馬は杏を大事にしていた。汚さないよう、杏が見なくていいものは見せないよう、白いままでいられるよう、色々な所に気を配って側にいた。  もちろん、鞍馬が友人以上の気持ちを杏に抱いているのはすぐにわかった。鞍馬も八幡が気がついている事はわかっていただろう。それでも、そこに嫌悪感は一切感じなかった。  前に、友人で男が好きな趣向の奴は居たが、その時は正直理解はできなかった。個人の問題だから好きにしたら良い。自分にさえその気持ちが向かなければ……そう思う時点で、多少なりとも嫌悪感はあったのだろう。  けれど、二人を見ていてそんな気持ちにはならなかった。純粋に幸せになって欲しいと、本当にそう思った。  恋愛とは、杏と鞍馬は違っていた。お互いがお互いを支え合って、思いあって成り立っている関係。  それを知っていたから、鞍馬が苦渋の決断をした気持ちを考えると、自分の胸まで締め付けられるように痛かった。あれだけ周りを見下して、軽蔑していたような奴が、頭を下げる事が、どれ程の事か。  腕にある重さが、痛い。あの姿を見てどうにか慰めてやれるだろうと思っていた自分が甘かったのだと痛感した。  八幡は誰からも何の返答も無い事に痺れを切らし、杏を背に抱き、保健室へと向かった。  教室を出ても、廊下には自分の足音以外は何も聞こえなかった。  手を握る暖かさで、現実から離れていた意識が引き戻される。柔らかい暖かさに杏は条件反射のように「義人?」と声をかけた。  覚醒して間もない頭は上手く回らず、視界も靄がかかったかのようの霞んでいてよく見えない。しばらく動けずにじっとしていると、自分の置かれている状況がやっと理解できるようになる。教室にいた時までは記憶があるけれど、そこからが真っ白で、何故か自分はベッドに横になっているらしい。  薬品臭さが鼻について、ここは保健室なんだなとぼんやりと思った。  ゆっくりと枕元に視線を投げると、そこにいたのは期待していた人物ではなかった。 「杏、目が覚めたのね…」 「お母さん…?」
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