第1章

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 ザァァッと雨が降る。「今年はゲリラ豪雨が多いですね~」と毎朝見る女性アナウンサーが有名な広場で、傘をさしながら笑顔で話している。笑顔を張り付かせてカメラに向かっているアナウンサーの肩先は、言葉通りのゲリラ豪雨で濡れそぼっていた。決められた流れのままに次に話始めるのは、今日の天気と気温。数秒単位で決められている枠を、ミスする事なくこなしていく。決められた通りに動く女性はとても安心できる。決められたスケジュールは、なるべく変化する事なく過ぎて欲しい。できる事ならテレビと同じように数秒単位で間違いなく進めれば、とても嬉しいけれど、どうしても多少の変化はついてまわる。『変化』程、自分を不安にさせる事は無い。  いつも同じ時間に起きて、同じチャンネルの同じ番組を見て学校に向かう。それは平日の完全に決められた日課だ。  傘をささないと濡れてしまうから、宮越杏は『ゲリラ豪雨』があまり好きじゃない。だけどいつも降ってる、シトシトの雨は好き。母親の美智子はいつも湿気が嫌よねとブツブツと文句を言っているけれど、肌にまとわりつくようなシットリとした感覚が、好き。幼なじみの祐介にその事を言ったら、「やっぱりお前ってそうなんだなぁ」とよくわからない事を言われた。  小学校高学年になった時、同級生から「なんで幼稚園児みたいなの?」と言われたことがある。杏は質問の意味を理解することができなかったので、美智子に「ぼくは幼稚園児なの?」と聞いてみた。  途端、美智子が顔をくしゃりと歪ませて「誰に言われたの?」と聞いてきたので、「違うクラスのお友達」と答えた。杏は殆どその子と関わった事はなかった。けれど、話かけてきたくれて事が嬉しくて、嬉しいのに何を言われたのかがわからなかったので、純粋な気持ちで美智子に質問した。美智子は歪んだ顔を無理矢理笑顔にしようとしたが、それもすぐに無駄な努力に変わり、何かを堪えるように俯いた。  杏は名前を覚えるのが人よりもかなり時間がかかる。だから、その子の名前は聞いた気がするけれど、もう忘れてしまっていた。  美智子は俯いたまま「お母さんが言う話を良く聞いてね」と頭を撫でてくれた。杏は美智子から頭を撫でてもらうのが好きだ。心がポワンとあったかくなって、体から力が抜ける。その感覚が好き。 「杏はね、他の子とちょっと違うの」
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