第1章

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「いや、俺だけだったら、ああいう立ち回りはできなかっただろうなって思ってさ。クラスの奴らから良く思われてないし、高圧的と言われても、俺にとっては普通の事を言って、普通の行動しているだけだし。どうしようもないって思ってたから」    いきなり素直に礼を言った鞍馬に八幡は面食らった。鞍馬は基本的に矛盾した事や間違った事はほぼしない。杏以外に優しさを向ける事はないけれど、だからといって無関心なわけでもない事を八幡は知っている。  文化祭の準備期間の最中に、クラスで見かけた事のある女子が探し物を頼まれたのか、ずっとフラフラと学校内を歩いていた。最初は何かを捜しているとは思わなかったのだが、何度か見かける度に途方にくれたような顔で歩いているので、八幡は気になって声をかけようとした。しかし、一歩先に声をかけたのは鞍馬のほうで「なんかあったの?」とこれまた無愛想に声をかけた。女の子はしばし目線をうろつかせ逡巡(しゅんじゅん)した後に、意を決したように鞍馬の質問に答えた。  結局内容は、予想通り頼まれたものが見つからずに困っていただけだった。鞍馬はそれがある場所に見当がついていたのか、するりと場所を行ってすぐにその場を離れた。後ろからか細い声で「ありがとう」と聞こえてきたが、鞍馬は振り返る事はなかった。八幡のほうが気まずくて、女の子に向かってペコリと頭を下げてしまった。  もう少し愛想をよくすれば、随分と見た目が良い鞍馬の事だ、もっともてるんだろうなぁと無駄な事を考える。けれど、よくよく考えれば入学当初はしっかりともてていた。周りに女の影がなくなったのは杏と関わり始めてすぐだ。  その行動からも、鞍馬がどれだけ杏を大事にしているかがわかる。その不器用な愛情表現には端から見ている八幡も嘆息してしまう。    そう、基本的に悪い人間でもないし、情が薄い人間でもないのだ、鞍馬は。けれど大多数の人間には無愛想な為、どうしても内面を見られ難いのが事実。関われば悪い奴でもないし、無愛想などら猫のような態度ながらもしっかりと気は使ってくる。八幡が自分の仕事でてんてこ舞いになっていた時も、「要領わりぃな」と文句が言いながらも手伝ってくれていた。鞍馬もけして暇な訳ではなかったし、むしろ自分と同じ量の仕事を抱えていたとうのに。随分と要領よく与えられた仕事ができる奴なんだな、と八幡はおおいに感心したものだ。
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