第1章

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 実質、杏と鞍馬が二人でいれた時間はほとんどなく、このラストダンスだけが唯一二人で楽しめる時間となった。  校庭には全校生徒の八割程がひしめきあい、それぞれのペアと手を繋いで立っている。他の生徒達は意中の相手を誘ってみたりと、結局は告白タイムとなんらノリは変わらない。高校生の彼らにとってはこれが最大のメインイベントだろう。 「もう外暗いね、もうすぐ始めるのかな?」 「そろそろ準備が終わるだろうから、もうすぐなんじゃない?」  鞍馬が言い終わるか終わらないかのうちに、一斉に周りの電球がライトアップされた。わぁと歓声が上がり、司会が何やら話をした途端、音楽が流れ始めた。  杏は数テンポ遅い足取りでダンスを始める。鞍馬もそれにならって、音楽に合わせるというよりかは杏に合わせるような感じで、杏をリードした。  音楽とどうしてもテンポがあっていない為、何度か周りのペアとぶつかった。その度に鞍馬が小さく頭を下げながら、杏が気がつかないようにかばいながら踊る。  自分の視線よりかは随分と下にいる杏。満面の笑みを浮かべながら楽しそうに鞍馬に笑いかけている。  キスしたい衝動をぐっと堪えながら、杏を引き寄せてターンをした。本来のステップでは引き寄せる予定ではないのだが、杏は練習の時にいつもターンで転んでいた為、鞍馬が抱えるようにしてターンするのが一番安全だとふんだのだ。 「杏ちゃん楽しい?」 「うん! 僕ね、こんなに、文化祭が楽しいって知らなかった! みんなで何かするってこんなに楽しいんだねぇ」 「うん、そうだな。俺も楽しかったよ」  杏はぎゅっと何かを堪えるように口を引き結んだ後に、鞍馬の胸元へぐりっと顔を押し付けてきた。ダンスの最中だった為、バランスが崩れそうになり鞍馬は慌てて軌道修正する。   「杏ちゃん?」 「僕、本当に嬉しい。この間義人のお家行った時、義人とっても辛そうだったから、今日笑顔でいてくれて、僕本当に嬉しい」  囁くように溢れる心からの気持ちに、鞍馬の胸がぐっと押されるような感覚。    今、この瞬間を誰よりも幸せに感じているのは自分で、そして大事にしなければならないのも自分だ。この瞬間を二度と忘れないように、いつまでも自分の記憶にとどまるように。 「杏ちゃん、そういう可愛い事言うのだめだから。反則だよ」 テンポがスローに変わり、終わりを示し始める。 「なにが?」
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