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「健二さんなら、他に良い相手が直ぐに見付かるわよ。」
慰めの言葉のつもりも無いであろうそんな台詞を吐き捨てて、
既に用意してあった印鑑に朱肉を着けた彼女がそれを押した。
テキパキとそれを封筒にしまっては、いつの間に用意していたのか知りもしないキャリーバックに手を伸ばす。
「長い間、お世話に成りました。」
「此方こそ」
こんな時、笑顔で出ていく妻に何て返事をするのが正解だったんだろう‥
立ち上がり、キャリーバックを転がす彼女が廊下に続く扉の前で立ち止まり「ふふふ‥」と笑った。
その不可思議な行動に眉を寄せて、ただ黙って見守れば
「貴方は、一度だって私を必要とはしてくれなかったわね‥」
振り向きもしない彼女の頭が少しだけ下がり、言葉の語尾が弱まっていくのを聞いて初めて、少しだけ後悔した。
後悔したから、だからといって
今さら引き止める理由も見当たらず、黙れば「じゃぁね‥」と扉の閉まる音と共に最後の言葉が残された。
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