三吉千里 - 放送室へようこそ! -

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あ、え、い、う、え、お、あ、お。 か、け、き、く、け、こ、か、こ。 普通教室の4分の1程度の広さがあるこの部屋に、色とりどりの声が重なって響く。 壁を背にして横一列に整列した私たちは、向こう側の壁に大きく張り出された文字を一文字ずつたどって一定のリズムで声を張る。声の主は全部で6人。男子2人に女子4人。 そのうち1人は3年生の先輩で、他の5人は私と同じ今年この北葉高校に入学した1年生だ。 発声練習では、ただ大きな声を出せば良いわけじゃない、空気を胸ではなくお腹に入れて、文字通り腹の底から声を出す。いわゆる腹式呼吸というもので、これが先輩から最初に教わったことだ。 「みんな、もっと一語一音を意識しみて。特に三吉さんは、もっとお腹に力を入れて」 「はいっ」 先輩に名前を呼ばれて心臓がきゅっと縮む。もう3回は同じようなことを言われてしまっている。体力にも筋力にも自信はない。体育は5段階評価で良くて3、2のときも多かった。50音に濁音と半濁音、それに”きゃ”行や”しゃ”行などを加えたメニューを本気でやると、それはもう立派な運動だった。 背中に汗がにじむ。”放送部”に体力が必要なんて思いもしなかった。そんなことを考えているうちに、発声練習が終了した。 「みんなお疲れさま。じゃあ、ここからは自由練習よ。練習用の原稿を読んだり、大会のビデオを見てみたり、好きにやってみていいから。わからない事があったらなんでも聞いてね。あぁ、でもそんなにかしこまらなくても良いのよ。私たちも別に見張るわけじゃないし、お喋りも自由、くつろいでいってね」 放送部唯一の3年生である日野先輩は軽いウェーブのかかったセミロングが似合う素敵な先輩だ。ふわふわしたかわいい見た目とは裏腹に、部長としてしっかり放送部を引っ張っている。練習を終えると先輩は、私たち1年生をスタジオに残してミキサー室に入っていった。そこにはもう2人、男子の先輩方がいる。あの2人は2年生らしい。
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