三吉千里 - まどろみの中で -

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「まあ、三吉さんはまずは朗読だし、時間のあるときに見てみたら良いよ。まだ課題本でどれを読むか決めてないんでしょ?」 「そうなんだよね、なかなか進まなくて」 「たしか、無理して全部読まなくても良んだよね?」 「そうだけど、ちゃんと全部読んでから選ぼうって決めたんだもん」 「結構自分に厳しいんだなぁ」 「そんな事無いよ。楠見さんの方がずっと真剣で厳しいと思うし」 「あー、楠見さんは文化部には珍しく熱血って感じだよね。陸上部にもああいう子ひとりは居たなぁ」 「そうそう。楠見さんが頑張ってるから、私も頑張らなくきゃって思う。それに…」 「それに?」 「私でも頑張れば、日野先輩みたいに読めるかなぁって」 口から出て来た言葉に私は自分でびっくりした。確かに、日野先輩には憧れている。でも先輩みたいになりたいなんて、はっきりと意識した事はなかった。いや、ひょっとして心の奥ではずっと思ってたのかな。新入生歓迎会で先輩の声を聞いたときから。 「まあ無理だってわかってるけどね。発声も滑舌も全然うまくいかないし、何よりあんな風に堂々とはなれないだろうし…」 「そりゃあ、入部して1ヶ月で上手くいくわけないじゃん。自分のペースで頑張ればいいんだよ。三吉さんの声、綺麗だと思うし」 え。あまりに自然に褒めるものだから、動揺が一瞬遅れてやってきた。 「それに、僕もちょっと頑張ろうと思ってるから、一緒に頑張ろうよ」 「な、何を?」 心臓がばくばくして、顔が熱くなってきた。先ほどの衝撃から全然立ち直れない。藤城君はそんな私の様子にはまだ気付いていないようだ。 「んー、それはまだちょっと秘密。じゃ、もうすぐバス来るから先帰るね。鍵返すのよろしく」 鞄を手に持ち、足取り軽く部室を出て行く彼を見送る。放送室のドアがバタンッと音を立ててしまったとき、私は机に突っ伏した。綺麗だなんて、初めて言われた…。 他に誰もいなくて良かった、今絶対顔赤いよ。はぁ…落ち着け私。 それにしても、秘密って藤城君はいったい何を頑張るつもりなのだろう。あんな言われ方をすると気になってしまう。しかも秘密と言ったときのいたずらっぽい顔を思い出すと、理不尽にからかわれたような気分になってきた。不意打ちといい、なんだかずるいなぁ。
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