第2章

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第2章

そんな意味のわからない妹夫婦との家族生活がスタートし、月日が過ぎて行く度に、俺は不自然さを感じなく生活していった。 俺が小学1年生になったとき、妹夫婦に子供ができた。 法律上は、従姉妹となるのだろう。 だがここでは、あえて義理の妹として書いていく。 それは、妹夫婦が新しい家族となったのだから、妹という位置付けに自然となるからだ。 名前は、麻耶という。 ここが俺にとって、人生の分岐点2になるのだろう。 それは、嫉妬である。 今まで、「お父さんを亡くした、可哀想な子供」として育てられてきた俺が、一夜にして、二の次の存在となったのだ。 大人となった今なら、それが真っ当な流れであり、誰も俺を二の次として扱っていなかった、仕方のないことだとわかるが、小学1年生の俺には、わからなかった。 悔しさ?悲しさ?寂しさ? どんな気持ちだったか、それは言葉にすらできないほど、俺の気持ちは歪んでいった。 そして若かった妹夫婦は職も安定せず、ちり紙交換車や、スイカ売り、保険の勧誘、夜スナックで働いていたりした。 当然、学校から帰ってきても、家には誰もいない「鍵っ子」ってやつだ。 麻耶が1歳ぐらいになると、小学2年生ぐらいの俺に、麻耶の面倒をみるように言われる。 お手伝い程度の面倒なら、どの家庭でもしていることだろう。 だが我が家では、夜中に妹夫婦が遊びに行ってる間、面倒を見れ!というのだ。 夜中に麻耶が泣けばミルクをやり、紙オムツを交換してやった。 車内に子供を残して、パチンコ屋に行っている現代問題と同じことだろう。 初めの頃は、可愛い麻耶に俺も愛情を持っていたが、夜中の面倒を見る機会が増えていく度に、夜泣きをする麻耶が、わずらわしくなった。 泣こうが何をしようが、俺はほったらかしにして、テレビを見るようになった。 ときには、夜泣きがうるさくて、麻耶の顔の上にタオルを被せたときもあった。 わからない、知らないというのは恐ろしい。 今ならわかるが、窒息死してもおかしくない状態の「面倒見」が、俺流だった。 だが、別に麻耶のことが嫌いだったのではない。 むしろ好きだったと言える。 夜中に「面倒見」するのが、嫌いなだけで、それは妹夫婦に対する嫌気だったのだと思う。
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