第1章

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第1章

5歳だったはずなのに、あの日のことは、なぜかよく覚えている。 いつも夕方になると、帰ってくるはずの父親が帰って来なかった。 次の日、母親は俺と、妹の愛子に生卵かけご飯を俺に食べさせ、「おばあちゃんの家に行くから、早く食べて」と、寂しそうな顔で俺たちに言った。 普段でかけるようなかっこうのまま、祖母の家に行くと、玄関で、もうその異様な雰囲気が5歳ながらにわかった。 祖母宅の一番奥の部屋に行くと、そのときは箱と思ったが、後々、棺桶だということに気が付いた。 小さい小窓から、昨日帰ってこなかった父親の顔が見え、死というものを初めて知った。 知ったというより、感じたと言った方がいいかもしれない。 アルコールを含ませた、柔らかい布で「顔を綺麗にしてあげて」と、誰かに言われたので、その通りにした。 異様な雰囲気はあったが、悲しさ、寂しさはなかった。 帰ってこなかった父親の顔が見れて、安心した気持ちがあったのかもしれない。 そして、まだ死というものを本当に理解していなかった。
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