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サーカスの熊が自転車を漕いでるみたいな後ろ姿を見送りながら、つい舌打ちを鳴らした。
航平が冷たいヤツじゃないのはわかっている。
たとえ幼馴染だとしても、30近い男同志で細かい予定まで把握しているほうが気持ち悪いんだ。
だけど、良くない方の胸騒ぎがするんだ。
秀くんの態度がいつもと違う気がしたから。
定休日でもないのに店を閉めてるから。
『なーんか、コソコソしてるでしょ?』の言葉に心当たりがあるから。
すっかり忘れていた記憶が呼び起こされて。
変な焦燥感に襲われているんだ。
まだ初夏だと言うのに、眩しい日差しとアスファルトからの照り返しで立っているだけで汗が滲む。
「どこ行ってんだよ…」
もう一度、ドアに手を掛けて確かめた。アルミ製のclosedのプレートは左右に揺れた。
『俺は、お前の為に美容師になったんじゃないんだぞ?』
『客商売は見た目も大事なんだからさ、身だしなみには気をつけろって言ってんだろーが!』
赤いキャップからはみ出す伸びた天然パーマのボサボサをお洒落にカットしてくれるのは秀くんなのに。
居留守を決め込んでる、口の悪い秀くんが俺を見つけてドアを開けてくれる気がしてその場を離れられない。
店先の白いタイルが太陽の光を反射させる。寄せ植えの素焼きの鉢には黄色い小さな花が咲いていた。
思い出したくもない記憶が断片的な映像になって浮かび上がる。
そういえば。あの時も、このくらいの季節だったかもしれないーーーー。
頭の中にチリチリとした暑さと痒みを感じて、収まり切らない爆発気味のわしゃわしゃした髪を掻き毟った。
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